第54話 揺るぎない想いとあたたかい手③

(匠刀視点)


 土曜日の午前中、桃子がわざわざ学校まで迎えに来てくれた。

 5日ぶりに会話した桃子は、ちょっと申し訳なさそうな顔をしながらも、ちゃんと俺の目を真っすぐ見てくれた。

 惚れた弱みなのだろうな、もうそれだけで全て許せてしまう。

 

 桃子のリクエストでラーメン屋で昼食を済ませ、兄貴のチャリで俺の家へと向かう。

 俺の腹部へと回された手。

 昔よりしっかり掴めるようになってることに気付く。

 前は少しの揺れで、掴んでる手が外れるんじゃないかと気が気でなくて。

 心臓への負担も気になって、できるだけ段差の無さそうな場所しか走れなかったけれど。

 ここ1カ月半くらいの特訓の成果もあって、だいぶ体力がついたみたいだ。

 それがこの上なく嬉しくて、ついつい顔が緩んでしまう。


 空手のジュニア大会(地域の小さなもの)があって、朝から両親が不在。

 兄貴も彼女とデートだって言ってたし。

 久しぶりに桃子とゆっくり過ごせることにも嬉しさが込み上げてくる。


 *


 帰宅してすぐに部屋を暖めて、桃子とキッチンでお茶の用意をする。


「何飲む?」

「何にしようかな」


 キッチンキャビネットの引き出しを開けて吟味する桃子。

 見慣れぬ包みを手にして、何味なのかチェックしてる。


「抹茶オレがある。珍しいね」

「あーそれ、兄貴の彼女が買って来たみたい」

「やっぱりね!津田家の趣味じゃないもんね」


 うちの母親は珈琲、紅茶は色んなメーカーのを買うけど。

 オレ系のものは殆ど買ったことがない。

 そんなコアなネタも知り尽くしてる桃子は、兄貴の彼女が買って来た抹茶オレを飲むらしい。

 微笑みながらカップにその粉末を投入した。



「この部屋、暑くない?」

「寒いよりマシだろ」

「エアコンか、カーペットか、どっちか切ろうよ」


 桃子が寒くないようにと、エアコンも電気カーペットもオイルヒーターも付けてある。

 さすがに暑いとクレームを出して来た。


「匠刀、汗掻いてんじゃんっ」


 桃子仕様にしたからだろ。

 俺の筋肉量なめんなよ。

 エアコンのリモコンを手にして速攻で切った桃子は窓を開け、部屋のドアを何度か開閉し、空気入れ替えをし始めた。


「そんなに気を遣わなくても、昔みたいに寝込んだりしないから大丈夫だよ」

「……っんなの、わかんねーじゃん」


 桃子が5歳の時。

 風邪のウイルスが心臓にまで侵入してしまって、心筋炎になった。

 それが原因で今でも生活に負担がかかってるのに。

 風邪を甘くみんじゃねぇ。

 次また心臓にウイルスが入ったらアウトじゃねーか。


 俺はお前を失うことだけは、ごめんだからな。

 それだけは絶対に譲れねぇ。


 帰りがけに寄ったコンビニで買った雑誌を見始めた桃子。

 何やら時折ページを折っている。


「クリスマス特集やってんだけど、匠刀、この中ならどこがいい?」


 雑誌にはイルミネーションやクリスマスのイベント情報が纏められていて、桃子はその中から幾つかをピックアップしてくれたようだ。


「こことか、……ここら辺?」

「ここなら、プラネタリウムも近くていいかも♪」

「じゃあ、ここにするか」

「うん!楽しみだね♪」


 5日も放置されたから、このまま年末年始まで無視されるかと思っていた。

 付き合うようになって初めて迎えるクリスマスだけれど。

 本当は、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、内心焦っていた。


『別れたい』

『距離を置こう』

『友達に戻りたい』……そう言われる気がして。

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