第10章

第52話 揺るぎない想いとあたたかい手➀

 翌日、土曜日の正午少し前。

 桃子は白修館高校の空手道場に到着した。


 事前に虎太くんに伝えておいたこともあって、通用口の鍵が開けてあった。

 そこから道場の中に入り、部員たちに気付かれないように2階のギャラリー部分の端に腰を下ろす。

 柱にちょうど隠れている場所から、数日ぶりの匠刀をこっそりと盗み見して。


「集合っ!」


 部員全員が監督とコーチを囲むように整列する。


「風邪やインフルエンザが流行って来ているので、手洗いうがいはマメに行い、できるだけ混み合う場所は控えるように」


 一糸乱れぬ『はいっ』という声が響き渡る。

 新部長である前園まえぞの 勇悟ゆうごが、来週の予定を発表した。


「各自でクールダウンを行い、1年は後片付けをして帰るように。以上、解散」


 挨拶を終えた2、3年生はクールダウンを始め、1年の部員は慌ただしく掃除を始めた。

 掃除機をかける人とモップをかける人、濡れ雑巾で道具や器具を拭く人もいる。

 匠刀は大型のウォータージャグを両手に持ち、道場を後にした。


「モモちゃん」

「……虎太くん」

「匠刀、10分くらいしたら戻って来ると思うけど、その後にシャワー浴びに行くと思うから、20分くらいしたら部室の前においで」

「はい」

「あ、それと、匠刀にチャリの鍵渡してあるから」

「……ありがとう」


 こっそり部員の目を盗んでギャラリーに来てくれた彼は、用件だけ伝えて部員の元へと戻って行った。


 **


「あれ?モモちゃん、どうしたの?」

「……匠刀、いますか?」

「あ~~、彼氏の迎え?」

「……はい」


 虎太くんに言われたように20分後くらいに部室の前に移動した。

 すると、1年生より先に上がった2~3年生の人がぞろぞろと部室から出て来た。

 その中に虎太くんの姿もあった。

 虎太くんがいつも『モモちゃん』と呼ぶから、すっかり他の部員たちにも『モモちゃん』呼びが定着している。

 そして、『匠刀の彼女』ということも、すっかり周知の事実だ。


「津田っ、彼女が迎えに来てんぞ~~」


 2年生の先輩が部室の中にいる匠刀を呼んでくれた。

 すると、物凄い勢いで中から匠刀が現れた。


「桃子っ」

「来ちゃった」

「ちょっ……少しだけ待ってて」

「うん、急がなくていいからね」


 上半身裸の匠刀が、慌てて服を着に戻る。

 12月の寒空の下、服も着ずに出て来なくていいのに。

 

 内部進学で白修館大学に進学する人は、部活がなくなると体がなまるために部活動をそのまま続けるらしい。

 これは白修館の北棟あるあるのことらしいが、カリスマ的存在の虎太くんがいるだけで部内の空気がパッと明るくなるだろうな。


「ごめんっ、寒かっただろ」

「大丈夫、カイロ貼って来たから」


 まともに会話したのは5日ぶり。

 メールも電話も無視して、彼を完全に避けてたのに。

 私を見る匠刀の目は、何一つ変わってなかった。

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