第47話 心無い言葉と抉られる思い⑤


「彼、仲村さんあなたのためにわざわざ落としたクラスにいるんだよ」

「っ……」

「仲村さんも知ってるでしょ?2年に上がる時にコース変更できること」

「……ん」

「今ならまだ間に合うから、総合特進を勧めたら?」

「……」

「私はてっきり北棟のスポーツ特進に進学すると思ってたけど、まさかの普通科。それも総合特進じゃなくて理系って」

「……」

「来年度のクラス編成の進路希望調査の紙にも、『理系』って書いてあったって」

「……」

「別に、彼と別れてだなんて言わないから安心して」

「……」

「ただ、彼のことをちゃんと思ってるなら、将来の選択肢を狭めるようなことはしないで」

「っ……」


 私の知らない匠刀を知ってる。

 それも、私よりもちゃんと匠刀のことを考えてる子だ。

 けど、どこで匠刀の進路希望調査の紙を見たんだろう?

 顔に見覚えが無いから、隣りのクラス(匠刀のクラス)の子じゃないのは確かだ。


 匠刀が虎太くんほど空手に熱量がないのは、この間聞いたから知ってるけど。

 それとコースの問題は別物だ。

 匠刀のことだから、私の傍にいるために普通科を受験して、理系コースを選んだのだろう。

 ちょっと前までは、何でだろう?くらいにしか思わなかったが、この目の前の子に言われて、漸く理解ができた。


 空手も、高校も、コースも。

 何もかも全てが、私に合わせているのだと。


 優しいのは分かってたけど。

 優しいなんてレベルじゃない。


「あなた、……心臓に病気を抱えてるらしいけど」

「っっ」

「彼の彼女でいることと、彼が学校で何を勉強するのかは別なんじゃないの?」


 胸の下で腕組している彼女からの突き刺さるような視線。

 今まで『匠刀が好き』だと呼び出して来たような子たちとはちょっと違う。

 目の前のこの子は、匠刀の将来を真剣に考えてるのだろう。


知佳ちかっ、もう予鈴なるよ」

「分かった」


 声をかけに来た友達に返事した彼女(知佳さん)は、間を詰めるように桃子へと一歩近づいた。


「大して取り柄もないのに、幼馴染っていうだけで、あんなイケメンを彼氏にできて、ホント羨ましい」

「っ……」


どう?と、言わんばかりの膨らみが目の前に。

交差されている腕に乗るのは、ブラウスのボタンがはち切れそうなくらい盛り上がっている大きな胸。

そして、容赦ない視線が私の胸元へと落とされた。


「腕立て伏せすると、美乳になるよ。……って、仲村さんには無理か」

「っ」


試合終了を知らせるかのような予鈴が鳴る。


「朝の忙しい時間に悪かったわね。体、お大事にね」


フンッと鼻を鳴らしながら踵を返した彼女は、言いたいことだけ言って去って行った。


ありがたい。

匠刀のおかげだ。

前だったらこんな風に言われただけで、ストレスで痛みと息苦しさがあったはずなのに。

筋力アップと呼吸法のおかげかな。

重い感じはあるけど、痛みはない。


「教室に行かなきゃ……」



「桃子っ」

「……おはよ」

「顔色悪いぞ」

「……大丈夫だよ」


教室の前に匠刀が立っていた。

顔色の変化にも鋭い匠刀は、すぐさま私の手首から脈を取る。


「本当に何ともないって」

「黙ってろ」


大丈夫、動悸は起きてない。

ウォーキング効果もあって、歩きながら呼吸を整える方法が身についてるおかげで、不整脈にはなってないはず。


「……脈は大丈夫そうだな」

「だから、大丈夫だって言ってるじゃん」

「具合悪くなったら連絡しろ」

「あーはいはい、わかったわかった」


ごめんね、匠刀。

また心配かけちゃったね。

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