第37話 明太子のおにぎりと無地キャップ②


 桃子から話に聞いてた通り、さっぱりとした物言いの先生だ。


「空手は好きなの?」

「好きか、嫌いかと聞かれたら、好きな部類ですけど。父や兄みたいに空手一筋というほどの熱量はないです」

「そうなの?」

「空手をしてるのも、桃子が体調不良になった時に素早い対応ができる方がいいかと思って、体力をつけただけなので」

「……そうなんだ」

「ずっと続けていくつもりはなくて、たぶん高校を卒業したら辞めると思います」

「……」

「桃子の心臓、前より悪くなってますか?」

「おっと、その質問には答えれないな~~」

「あ……」


 守秘義務の壁だ。

 何て質問をしたら、聞きたい答えが聞けるのだろう?

 今まで何度も聞いてみたい、知りたいと思っていたことが、脳裏を物凄い速さで駆け巡る。

 それらを必死に手繰り寄せて。


「じゃあ、いつかは手術が必要になるのか。心臓移植したら今の生活をしなくて済むようになるのか。今は治療法がなくて、経過観察しか出来ないのか」

「……ごめんね、それらの質問は全部アウトだ」

「ですよね」

「でも、そこが一番知りたいよね」

「……そうですね」


 目の前にいる医師が天井を仰ぐ。

 先生なりに一生懸命言葉を探してくれているのだろう。


「じゃあ、質問変えます」

「ん?」

「俺が医師になったら、桃子の役に立ちますか?」

「えっ、医師になるつもりなの?」

「選択肢の1つに入ってます」

「君も白修館高校?」

「はい」

「じゃあ、医学部受けるなら外部受験になるわね。白修館大学には医学部ないから」

「はい」

「これはあくまでも私の考えだけど、必ずしも医師になる必要はないと思う。ただ、桃子ちゃんの体のメカニズムとか、最先端の医学的な治療法だとかは、医師でいたらいち早くキャッチできると思う。一般の人では聞けない学会とかもあるし、急に体調不良になった時にも、心構えから少しは知識が活かせると思うし」

「……はい」


 ずっと引っかかっていたことが1つ解けた。

 俺が桃子のために何かできるとしたら、何をするのがいいのか。

 もう何年も前からずっと考えている。


「他には?もういいのかな?」

「お忙しいですよね?」

「う~ん、今日はオペが入ってないから話を聞くくらいの時間はあるわよ」


 先生はにこりと優しい笑みを浮かべた。


「じゃあ、最後にもう1つだけ、聞いてもいいですか?」

「……何だろう?」

「どういうことしたら、桃子の負担になるんですか?走ったり驚くのもダメですよね?」

「そうだね。全部が全部ダメというわけじゃないけど、極端なことは心臓の大きな負担になるかな」

「塩分の多い食事も糖分の摂りすぎもダメですよね?」

「健常な人でも、摂り過ぎはよくないよ。桃子ちゃんの場合、少し塩分を気をつける程度で大丈夫。高血圧でない限り、摂取制限を設けたりしないけど、妊娠したら話は別かな」

「にっ……妊娠できるんですか?」

「その質問はグレーだなぁ」

「……むずいですね」

「フフッ、そうだよねぇ」


 どういう聞き方をしたら、答えて貰えるんだろう?

 匠刀は医師の顔色を伺いながら、答えて貰えそうな質問の仕方を考えていた、その時。


「桃子ちゃんと将来を考えてるの?」

「え?あ、はい」

「即答かぁ」

「ダメなんですか?」

「……私はいいと思うよ」

「それって……」


 先生の顔色が全く変わらず、どういう意味合いで答えてくれてるのかすら分からない。


「好きな者同士が一緒にいたら気持ち的にも昂って、その先を求めたくなるよね」


 それだ!!


「はい。……けど、そういう行為自体が負担をかけますよね?」

「大丈夫とは言い難いけど、絶対に無理というわけでもない」

「……」

「もう2人して、本当に可愛いんだからっ」

「は?」

「桃子ちゃんからも君との関係を相談されたから……って、これはでお願いね」


 クスっと笑った先生は、隣りの部屋から白い紙を持って来て、分かりやすく説明し始めた。

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