第8章

第36話 明太子のおにぎりと無地キャップ➀

(匠刀視点・回想シーン含)


 学校行事が多い2学期。

 毎日学校に通うだけでも桃子にとっては大変なのに、練習試合で俺が倒れたばかりに、桃子に辛い思いをさせてしまった。


 だからあれほど、試合は観に来なくていいって言ったのに。

 桃子は兄貴の彼女が来るからと、無意味に張りきっていた。


 試合自体は勝てたけど、内容があまりよくない。

 もっと前半にガンガン攻めて、相手の気力を奪うくらい圧倒的に差をつければよかった。

 久しぶりの試合ということもあって、勘が鈍っていたというか。

 様子見をしてしまったのが原因。

 相手の上段蹴りをかわすことができずに、もろに喰らってしまったのだ。


 練習試合を終え、桃子のスマホに連絡を入れても音信不通。

 いつもながらに、この繋がらない時間が地獄で。

 桃子がどうにかなるんじゃないかと、半狂乱状態に陥ってしまう。


 自宅に行ってみても、まだ病院から戻ってないと分かり、いてもたってもいられなくて大学病院へと向かった。

 

 日曜日ということもあって、受診するなら時間外対応の救急外来にかかっていると知っているから。

 救急外来用の入口から中に入った所で、桃子の母親を見つけた。


「おばさんっ」

「家に来てくれたんだって?今家に電話したらそう言ってたから」

「……すみません、俺のせいで」

「匠刀くんのせいじゃないわよ。自己管理できないあの子のせいだから」

「それは違うかと……」

「もう検査も診察も終わって、今は点滴してるわよ、桃子」

「大丈夫なんですか?」

「えぇ。ちょっと驚いて不整脈になっただけみたい」

「そうですか」


 桃子の母親の表情を汲み取り、本当に大丈夫なのだと悟る。

 漸く安堵した俺は、桃子の母親と一緒に桃子の元へと向かった。


 *


 ベッドに横たわる桃子は、道場で見た時よりも顔色がだいぶよくなっていた。

 あの時は本当に久しぶりに焦るくらい血色が悪かったから。


 桃子のもとに主治医の先生がいて、軽く挨拶を交わす。

 そして、医局へと戻るその医師を呼び止めた。


「すみません。あの、……聞きたいことがあるんですけど、家族じゃないとダメですか?」

「……彼氏くんだって、心配だよね」

「……はい」

「ちょっと座って話そうか」

「いいんですか?」

「医師には守秘義務っていうのがあって、話せる質問だけ答えるのでもいいかな?」

「はい、もちろんです」

「じゃあ、こっちに」


 桃子から主治医は女性の先生だと聞いていた。

 この病院の胸部外科医では唯一の女医なんだとか。

 それだけでも安心材料の一つになる。


 病だと分かっていても。

 桃子の胸を俺以外の男に見せたくない。

 みみっちい嫉妬なのは分かってるが、それでも嫌なもんは嫌。


 通されたのは、相談室と書かれた小部屋。

 医師から家族に説明する時に使う部屋だと思う。

 四人掛けのテーブルに向かい合う形で腰を下ろす。


「名前、聞いてもいいかな?」

「はい。津田 匠刀といいます。桃子とは小さい頃からの仲で、家族ぐるみで出掛けるくらいの関係です」

「うん、幼馴染だと桃子ちゃんから聞いてる」

「そうなんですね」

「空手やってるんだって?」

「はい。父親がオリンピック金メダリストで、自宅が空手道場なんです。だから、物心ついた時から空手をやってます」

「えっ、もしかして、この間のオリンピックで銅メダル取った?」

「いえ、あれは兄です。2つ上に兄がいて、その兄が」

「凄いね!空手一家なら空手も生活の一部だよね」

「やっぱり、やめた方がいいですか?」

「え?……それは私が決める問題じゃないわね」

「……」

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