第34話 破れそうな胸の痛みと新たな壁⑦


「モモちゃん、匠刀くん、もう大丈夫みたいだから」

「……はぃ」


 3分間ほど倒れていた匠刀が、ゆっくりと立ち上がった。

 雫さんが言ってたように、脳震盪のうしんとうのようだ。

 少しインターバルをおいて、再び試合が再開したが、残り時間が10秒ほどのため、すぐに試合終了となった。


「匠刀くん、勝ったよ」

「……ぃ」


 頑張って酸素を吸ってるつもりなのに、全然上手く吸えない。

 雫さんが何度も脈を測ってくれて、いっぱい声をかけてくれるけれど。

 その声に答えるのもできないほど、息苦しい。


「虎太くんっ!」


 空手道場の2階から観覧しているのだけど、そこから下にいる虎太くんに雫さんが声をかけた。

 その声に反応するように匠刀の視線がこちらに向けられた。


「桃子っ!」


 試合直後だというのに。

 さっき、倒れたばかりだというのに。

 2階のギャラリー部分に駆けて来る匠刀が視界に映る。


 虎太くんが監督に説明しているようで、1階から両校の部員たちの視線を感じる。

 階段を駆け上がって来た匠刀は、私の鞄からフェイスタオルを取り出して、それを頭から被せた。


「桃子、痛むか?」

「……ん」

「監督っ!控室借りますっ!!……じっとしてろ」


 ふわっとした浮遊感と物凄い速さの鼓動が伝わって来る。

 匠刀の心臓がいつになく早い。


「雫さん、すみません。桃子の荷物持って来て下さいっ」

「うんっ」


 空手道場の1階にある来賓用の控え室。

 10畳ほどの和室で、雫さんが並べてくれた座布団の上に横たわる。


 そして、慣れた手つきで私のスマホから母親に連絡を入れる匠刀。

 通話を切った彼が、物凄く切なそうな顔で頬を撫でる。


「心配かけて、ごめんな」


 それはこっちのセリフだよ。

 

 ***


「お母さん、ごめんね。心配かけて」

「……無事ならそれでいいのよ」


 学校に迎えに来てくれた母親に付き添われ、救急外来でかかりつけの白星会医科大学を受診した。

 極度のストレスによる不整脈と診断された。


 右心不全とは右心室の機能低下を示すが、右心室自体は機能している桃子。

 桃子の場合、右心房の一部が心筋炎によって破壊されたため、右心室に負担をかけている状態。

 だから、完全に右心不全というわけではない。

 それが唯一の救いだ。

 たまたま当直でいた主治医の財前先生が診察してくれて、桃子は精神安定剤(輸液)を受けている。


「桃子、お父さんに電話入れて来るわね」

「……ん」


 CTや心エコー、採血など一通りの検査をして、心臓自体に問題は無かった。

 久しぶりに目の当たりにした。

 母と匠刀の血の気のない顔を。

 あぁ、また心配かけちゃったな。


「桃子ちゃん、気分はどう?」

「……だいぶ良くなりました」


 ブルーグレーのスクラブ着の上に白衣を纏った財前先生。

 三十代だと前に教わったけれど、すごく美人で優しい先生。


「先生」

「ん?」

「変なこと、聞いてもいいですか?」

「えっ、どんな事だろう?」


 点滴のクレンメを調節し終えた先生が、優しい眼差しを向けてくれた。


「彼氏がいるんですけど、今の状態だと、彼との将来は望めないですか?」

「おっ、かなり難しい質問だね」


 難しいんだ、やっぱり。


「そうだよね。そういうお年頃だもんね。検診の時じゃ、お母さんも一緒で聞きづらいよね」

「……はい」


 今まで彼氏ができると思ってなかったら、考えもしなかったけど。

 匠刀と付き合うようになって、少しずつ考えるようになった。


「まだ高校1年だったよね」

「……はい」

「彼とは交際が長いの?……いや、違うか。期間の問題じゃないよね。何て言うのかな……」

「先生、大丈夫ですよ。ちゃんと受け止めれるので、はっきり言って下さい」

「……そうね、こういうことは濁してもダメよね」

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