第33話 破れそうな胸の痛みと新たな壁⑥


 両者に合図が出され、深く一礼。

 匠刀の試合が開始した。

 すぐさま匠刀は攻撃態勢をつくり、ステップを踏み始めた。

 匠刀が小刻みに跳ねるのと同じように、トントントントンと心臓が跳ねる。

 無意識に胸にぎゅっと手を当て、視界の先にいる匠刀へエールを送る。

『頑張って』


「落ち着いて~」


 雫さんは冷静だ。

 他の部員達と同じように、声掛けしている。


「っぅおおあああーっっいッ!!」

「よしっ!」

「ッ?!」

「モモちゃん、中段突きが決まって、1p取ったよ」

「ホントですか?」

「うん」


 中段突きとは両足を前後に開いた状態で構え、低い姿勢から腹部へと美しい軌道を描く突きの技。

 あまりの速さに目が追い付かなかった。


「始めっ」


 主審の合図で再び攻撃態勢に入った匠刀。

 匠刀は相手のステップリズムを崩すように、蹴るふりのようなものを何度か繰り出している。


「あっ……よーしッ!!」


 雫さんの声に肩がビクッと反応する。

 上段蹴りを仕掛けて来た相手を低い姿勢で体を回転させて上手くかわした。


「今のが、ダッキングっていうかわし技だよ」

「ダッキング……」

「匠刀くんのダッキング、早くていいね。相手も次の技が出せずにいる」

「……そうなんですね」


 経験者だから、雫さんの説明だと安心できる。

 今のところ、匠刀が優勢なんじゃないかと思えて。


「あっ……」


 どうしたんだろう。

 組み合った状態で、主審が止めた。


「今のは掴みだね」

「それも決め技なんですか?」

「ううん、反則技。柔道と違って、掴むのはNGなの」


 それって匠刀が?

 それとも相手が?


「向こうに注意が入った」

「はぁ……」

「あっ、まただ」


 残り時間が1分を切ってるからだと思う。

 相手が焦り始めて、再び掴み行為をしたっぽい。

 再び主審が相手に注意勧告をした。


「反則技も幾つかあるけど、ペナルティー行為は2つの区分に別れてて、どちからに4回注意を貰うと失格になるの」

「じゃあ、あと2回注意されたら、匠刀の勝ち?」

「う~ん、たぶんその前に試合終わると思う。残り時間少ないから」


 そうか、制限時間もあるもんね。

 空手って、本当に奥が深い。

 ちょっと観たくらいじゃ、やっぱり全然分からないよ。

 匠刀ばかり観ていて、スコアボードにだなんて目がいかないもん。

 

 残り時間30秒を切った。


「よしっ。場外に出るのもペナルティーなの」

「……あぁ、なるほど」


 匠刀が相手をじりじりと場外へ押し出した。


 1秒、1秒と減っていく時間。

 匠刀、あと少しだよ。

 残り時間12秒を刻んだ、その時。


「っぁああああーいっ!」

「っぅぉあああああーい!」


 2人の気合の声が道場内に響き渡ったと同時に、上段蹴りを繰り出した匠刀がその場に倒れた。

 相手も同じように上段蹴りを繰り出してて、相手選手の蹴りが匠刀の下顎に命中したようだ。


「っっっぅ……んっ」

「大丈夫かなぁ、脳震盪のうしんとうかも……って、モモちゃんっ!!」


 目の前で匠刀が倒れる瞬間を見てしまったせいで、桃子の心臓が悲鳴を上げた。


「モモちゃん、大丈夫だからね。ゆっくり鼻で呼吸して」

「……っん~~ッハァ…」


 事前に匠刀から対処法を伝えて貰ったおかげかな。

 いつも匠刀がしてくれるみたいに、雫さんがゆっくりと背中を撫でてくれている。


 視界にはまだ倒れたままの匠刀が映る。

 監督やコーチの他、虎太くんも駆け寄って何か話しかけている。


 苦しくて、痛くて、心臓が破れそうな感じだ。


 全身に廻った血液が右心室から肺へと送り出されるのだが、右心不全気味の桃子はそこに難があって、心臓に血液が溜まってしまう。

 そうなると、血液が循環できず、全身に血液が溜まってしまう症状に陥るのだ。

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