第32話 破れそうな胸の痛みと新たな壁⑤
9月下旬のとある日。
オリンピックでの虎太くんの活躍が未だ冷めやらぬ中。
今日は白修館高校空手部とK大付属高校空手部との練習試合が、白修館の空手道場で行われる。
虎太くんが銅メダルを取ったことで、白修館空手部に練習試合の申し込みが殺到しているという。
それだけじゃない。
連日のように、多くの大学や実業団からスカウトの人が来ているらしい。
本当に、一躍時の人となっている。
「モモちゃん」
「雫さん」
白修館の空手道場で練習試合が行われることもあって、虎太くんの彼女の雫さんが応援に駆け付けた。
「虎太くんから聞いたんだけど、匠刀くんも出るんだって?」
「はい、そうみたいです」
雫さんに初めて会ったあの日は、虎太くんのことをまだ好きだったから、精神的に雫さんのことをあまりよく思えなかったけれど。
虎太くんの凱旋祝勝会の時に話したら、意外にもすんなりと打ち解けられた。
匠刀を好きだと自覚したことと、匠刀と付き合うことで虎太くんへの想いは完全になくなっていたから。
今はよき友達?姉妹??みたいな感じで仲良くさせて貰っている。
「気分悪くなったら遠慮なく言ってね」
「……はい」
匠刀が私の体のことを雫さんに説明してくれたらしい。
現在医科歯科大学の歯学部に通っていて、将来は口腔外科専門の歯科医になりたいのだとか。
将来のビジョンがしっかりと描かれていることですら、羨ましい。
私は、今日を生きることで精一杯だもん。
匠刀からの情報だと、虎太くんはこのまま白修館の大学に進学する予定みたいだけど、他の大学からもたくさんスカウトされてて、少し迷ってるみたい。
その中でも有力候補は、大学空手の王者とも言える近畿地方の大学。
だけどそうなると、雫さんとは遠距離になってしまうらしい。
***
「いいよ~、今の逆上っ」
空手道場の2階にあるギャラリーから声援を送る雫さん。
思わず彼女の声に反応するように肩がビクッと跳ねた。
公式戦じゃないから部員達も声を出し合っていて、かなり盛り上がっている。
オリンピックの時は、開始と同時にシーンと静まり返っていたけど、それが緩和されてる感じ。
「逆上ってなんですか?」
「あ、今の逆上?スタンス的には基本利き足が後ろで、前に踏み込むのと同時に利き手で中段突きとかするんだけど。刻み込みっていって、フェイントみたいに前に踏み込むのをトントンッて2段込みが上段突きでバシバシッと左右繰り出されて、2発目の上段突きで有効の1pが決まったってことなんだけど……」
「……はぁ」
「ごめん、分かりづらいね。えっとね、よく見ててね?」
雫さんはその場で、今さっきの攻撃技を再現してくれた。
「2発目の上段突きが、軸足と逆になるから逆上って言われてて、中段突きなら逆突。同じ中段突きでも軸足と同じ側の手なら
「すっ……ごぃですねっ」
「だよね。足が素早く蹴り上がる逆上が決まるとカッコいいよね」
匠刀でも虎太くんでもない部員の試合だけど、本当にどの人も早くて。
ルールも殆ど分からない私は、ただただ観ているしかできない。
時折、今みたいに雫さんが説明してくれると、どんな技が決まったのか、何ポイント入ったのか、よく理解できる。
本当にすごいなぁ、雫さんは。
総合特進コースを3年間1位をキープし、首席で卒業した雲の上のような人。
空手だけじゃなくて、水泳も体操とかも得意らしくて。
この間匠刀の家で行き会った時に、昔の習い事の話になって、恥ずかしそうにしながらも廊下で逆立ち歩きを見せてくれた。
私には無いものをたくさん持っている。
「あっ、次、匠刀くんの出番だね」
「ホントですか?」
「ほら、準備してる」
ウォーミングアップなのか、匠刀はぴょんぴょんと跳ねて、首をぐるりと回してる。
練習試合は個人20連戦らしく、匠刀はちょうど10番目だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます