第31話 破れそうな胸の痛みと新たな壁④


「お母さん、何だって?」

「今日は特別に泊まって行っていいって」

「えっ?」

「なんか、両親の不在中、俺のことを頼まれてるみたいで」

「……だからって」

「ちゃんと節度を守れるなら、泊まっていいって言ってるから泊ってく」

「は?」

「一緒に風呂入るか?」

「節度守れてないじゃんっ」

「風呂もダメなのかよ」

「当たり前でしょっ!」


 冗談だと分かっていても、同じ屋根の下に匠刀と一緒だなんて。


「もう遅いから先に休んでていいって」

「……それは分かるけど」


 既に23時を過ぎようとしてて。

 さすがに商店街のおじさん、おばさんの相手をするのも疲れたけど。


「ホントに泊まる気?」

「おぅ」

「着替えは?」

「桃子が風呂入ってる間に取りに行って来る」

「じゃあ、家で寝ればいいじゃんっ」

「そこは一緒に寝よーよじゃねーのかよ」

「私にそういうのを期待しないでって、何度も言ってるじゃん」


 フェロモン垂れ流しのようなこの男を、同じ家の中で寝かせてもいいのだろうか?


**


「ねぇ、……ねぇってばっ」

「んだよっ」


 何がどうしたらこうなるのか、分からないけど。

 うちの母親は完全に匠刀を信用しきってる。

 私のベッドの横に、客布団を敷いてしまったのだ。


 年頃の娘を彼氏と同じ部屋に寝かせて、大丈夫なの?

 そりゃあ、色気もないし。

 心臓に難を抱えてるから、匠刀はその気にならないとは思うけど。


 それでも、同じ部屋に寝るという時点で、虎太くんの試合観戦よりも心臓が暴れまくってるんだけど。


 ドッドッドッドッと物凄い早いリズムで心臓が脈を打つ。

 酸素は吸えてるけど、結構息苦しいのに。


「なんもしねーよ」

「……」

「お前を苦しめてまで、自分の欲求満たしたいとかねーから」

「っ……」

「だから、そんな嫌そうな顔すんなって」


 布団の上に胡坐を掻いてる匠刀。

 さすがにやりすぎたかな?的な顔をしてる。

 そういう顔をさせたいわけじゃない。


 私だって、どこにでもいる普通の女の子みたいに、好きな人といちゃいちゃしたいよ。

 だけど、それ自体がどこまで大丈夫なのか。

 そういうことをしたら、今より心臓が悪くなったりしないのか、不安なんだもん。


「背中、触っていい?」

「へ?」

「服の上からちょっとだけ、な?」

「……ん」


 心臓が心配なのかな。

 そっと当てられた手が、私の心音を確かめてる。


「俺、桃子にとって、安心できる存在でいたいから」

「……」

「桃子に無理強いするつもりはない」


 私も匠刀に無理させたくないよ。

 匠刀の彼女が私じゃなければ……。


「我慢させて、ごめんね」

「……ばーか」


 優しく頬を撫でる手。

 匠刀の手は温かくて心地いい。


 *


 常夜灯の薄明りの中。

 匠刀の寝顔を見つめる。


 好きだよ、匠刀。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る