第30話 破れそうな胸の痛みと新たな壁③


 オリンピック初戦は5対0で、虎太くんの勝利。

 2回戦も危なげなく勝ち上がり、約1時間後に3回戦がある。


 父親が興奮状態で匠刀の母親と電話で話している。

 匠刀よりテンションが高い。


「匠刀、お腹空かない?」

「ちょっと空いたかも。っつーか、喉乾いた」

「だよね」


 手に汗握るとはこのことで、試合に出てるわけでもないのに、ずっと心臓がドクドクと脈打ってる。

 テレビに張り付いて必死に声援送ったから、喉がからから。


「お母さん、何か出前取って~~」

「お寿司にする?奥平さんも一緒にどうですか?」

「えっ、いいんですか?」

「えぇ、勿論」


 初戦と2回戦の合間に、残りの鍼治療を施したようで。

 すっかりうちらとテレビの前で応援サポーターと化してる奥平さん。

 奥平さんの家は商店街にある花屋さんで、うちの院内に飾っている観葉植物や花を管理して貰っている。


「匠刀」

「……ん?」

「ちょっと」


 父親は国際電話中。

 母親は出前を注文するために受付の中へ。

 奥平さんはテレビで他の選手の試合を観ている。


 私は次の試合までの間、匠刀とちょっとだけ二人きりになりたくて。

 飲み物を手にして、自室に匠刀を呼んでちょっと休憩。


「何、部屋に連れ込んで」

「言い方」

「……気分が悪いのか?」

「悪くはないけど、ちょっと疲れ気味」

「……だよな」


 親に心配かけたくなくて、そっと見えないところに移動したかった。


「いいよ、横になって」

「ごめんね」


 興奮したせいで、ちょっと息苦しい。

 ベッドに横になって目を瞑る。

 すると、すぐ横に腰を下ろした匠刀が、ゆっくりと背中を摩ってくれる。


「匠刀、空手やめるの?」

「いつかはな」

「……そうなんだ」

「空手やめても筋トレはするから、心配すんな」

「何の心配よ」


 わかってるよ。

 私を介抱するための筋力って言いたいんだよね?

 私は匠刀のために、何が出来るんだろう。


***


 準決勝で敗退した虎太くんは、オリンピック初出場で銅メダルを獲得した。

 本当に凄いよ、一気に雲の上の人になっちゃった。


 その日の夜、新聞各社の取材は勿論のこと、テレビ各局のスポーツコーナーに他のメダリスト達と出ずっぱりで、商店街どころか、日本中が歓喜に湧く。


 2学期が始まったら、学校中で人気者だろうな。


 *


 父親は商店街中に電話していて、虎太くん不在の祝賀会を勝手に開催中。

 幼い頃から見守って来た虎太くんをお祝いしたいのだろう。

 気付けは、院内が商店街の人で溢れている。

 まるで自分の息子が晴れ舞台で大活躍したかのように、父親は機嫌よく幼い頃からのアルバムを披露し始めた。


 匠刀の家は商店街から一本裏の通りにあって、桃子の家からは歩いて数分の距離。

 同じ町内会のメンバーさんだ。


「匠刀くん、泊まってく?」

「はい?」

「お母さん、何言ってんの?」


 鍼灸院内は酔っ払いの人ばかり。

 母親がビールを注ぎに回りながら、匠刀に何か耳打ちをした。

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