第26話 折り畳み傘と美人な彼女⑥
16時半過ぎ、俺は兄貴に『早退させて』と拝み倒した。
部室棟でシャワーを済ませ、置き傘を手にして桃子が通っている塾を目指す。
俺が10年も前から桃子のことを一途に好きなことも。
俺の日常生活全てが桃子のために費やされてることも、兄貴は知っている。
桃子が体調不良で学校を休みがちになっても、授業についていけるように。
どんなに空手の稽古でクタクタになっても、予習復習を欠かしたことがない。
空手を続けているのもそうだ。
体調不良で倒れた時にすぐさま駆けつけたり運んだりできるように、筋力をつけるためだ。
さすがに小学校低学年の頃は桃子が華奢だとはいえ、抱え上げることすらできなかった。
近くにいる大人に走って助けを呼びに行くことくらいしかできなくて、すごく悔しい思いを何度もした。
今は軽々と運べるけれど。
運ばないで済むなら、それに越したことがない。
俺のこの血の滲むような努力の10年を、ぽっと出の見知らぬ男に掻っ攫われて堪るか。
あいつに話しかけていいのも。
隣りを歩いていいのも、俺だけだ。
10年かけてやっと手にした『彼氏』の座を、そう易々と明け渡したりはしない。
**
「小川の彼女?」
「美人な彼女じゃん」
「あ、いえ、私は……」
「お前らうるせぇ、素通りしてけ」
「何だよっ、見せびらかして」
「ごめんね、同じ高校の奴らで」
「……そうなんですね」
「彼女さん、こいつ、意外と手が早いから気を付けて」
「ッ?!お前らっ」
こいつだな。
俺の桃子にちょっかい出そうとしてる奴は。
男友達がいう『意外と手が早い』というのは、ほぼ100%当たってる。
警告や揶揄いの意味合いで口にする言葉だが、男の嫉妬心を裏付けしてるようなものだ。
『こいつには喰われんなよ』的な意味合いで。
「話してるところ悪いけど、そいつの彼氏は俺なんで」
「ッ?!匠刀っ」
俺の声に気付いた桃子が振り返った。
「えっ、彼氏がいたんだ」
「いちゃ悪い?
「違うよっ」
何、
あからさまに俺への敵対心向けて来やがる。
「悪いけど、こいつに手出そうとか思ってんなら諦めて。こっちは10年もこいつだけをみて来たんで。……帰るぞ」
「……うん」
「あ、悪い。その傘返して。代わりにこの傘やるから」
「へ?」
男の手から桃子の傘を奪い返して、自分の傘を押し付ける。
気安く桃子の物に触れんじゃねーよ。
っつーか、桃子に話しかけんな。
「要らなかったら捨てていいから」
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