第25話 折り畳み傘と美人な彼女⑤

(匠刀視点)


 8月上旬のとある日の部活。

 午後の基本稽古が終わり、各自の基礎トレ時間に切り替わった。

 筋トレ室を使うのもあり、道場で稽古するのもあり。

 真夏だからロードワークに出る人はいないけど、夏以外の季節なら学校の外周を走りに行く部員も結構いる。


 俺はすかさずタオルで汗を拭きながら水分をとり、監督とコーチにバレないようにしてスマホをチェックする。


『N校男子から、友達になって欲しいと声かけられた』

『予鈴が鳴ったから、その場から逃げれたけど』

『まだ、ちゃんと断れてない』

『どうしよう』

『彼氏がいるからって、ちゃんと伝えないとだよね?』


 何だ、これ。

 ナンパじゃん。

 塾でナンパって流行ってんのか?


 男女間で『友達』だなんて、99%くらいあり得ない。

 大抵の奴らが、友達の先の関係を求めてるのに。


 俺の桃子は、全然警戒心がなさすぎる。


 親友の星川と俺以外は、会話らしい会話が難しいのは知ってるけど。

 この手の誘いは、その場で断らなきゃ脈ありだと勘違いさせてしまう。


『緊張して言えなかった』

『どうしていいのか分からなかった』

『初めてのことで、パニクって』だなんて言い訳すんだろうな。


 男なんて生き物は、100%自分の都合のいい方に解釈するのに。


「チッ、ったく…」

「何なに、モモちゃんから?」

「……仮病使ったらバレるかな」


 親友の有川ありかわ 晃司こうじが俺のスマホを覗き込んで来た。


 学校は中学部から一緒だけど、俺の家の道場にも通ってて、結構小さい頃からつるんでる、一番の友達。

 俺が桃子に片想いしてるのも知ってたし、付き合い始めたのも当然知っていて。

 そんな俺を唯一理解してくれる貴重な奴。


「モモちゃん、超可愛いもんなぁ」


 晃司は空手で白修館に入学したから、俺と違って北棟の生徒。

 だからこうして部活の時か、道場での稽古の時か、一緒に遊ぶ時くらいになってしまったが、それでも一番仲のいいのは変わらない。


 桃子からのメッセージを見た晃司が、俺の肩を『しゃーない、しゃーない』と言いながらポンポンと叩く。


 桃子は昔から可愛いと評判で、体が弱いこともあって、どこか近寄りがたいような儚いイメージを持たれ距離を取られてしまうが、 実際は男子の中でもダントツの人気だ。


 目鼻立ちが整っていて大人しいし、 ミステリアスな感じが男心を擽る。

 だから邪な感情を抱いてる男連中をこの手で、バリケードを張って排除して来た。


 桃子は最近、妙に色気が出て来た。

 晃司は『恋する乙女のフェロモン』だなんて言うけど、俺だけに撒き散らせばいいものを。 

 空手部でも、桃子を狙っている奴は腐るほどいる。

 既に俺の彼女だとは知らずに。


 塾の理系コースに通っている桃子、どうせ女子より男子の方が多いに決まってる。

 あんな人形みたいに可愛い桃子なら、すぐに男連中の目に留まるだろう。

 案の定、このメールだ。


「匠刀、夕立来そうだよ」

「あ?」

「空がいつの間にかすげー暗い」

「……ホントだ」


 よし、兄貴に上手くかわして貰おう。


「ちょっと行って来る」

「行くって、どこに」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る