第24話 折り畳み傘と美人な彼女④


 午後5時を過ぎた頃から降り出した雨。

 集中豪雨ほどではないが、結構な雨量だ。

 真っ黒な雨雲が空を覆い、教室の窓ガラスに勢いよく雨粒が当たる。


 予定よりも少し早めに講義が終わり、帰り支度をしていると。


「おい、傘持って来た?」

「持って来てねーよ」

「俺も」

「どうする?」

「止みそうにないから、駅まで走るか?」

「……そうだな」


 他の受講生たちが、慌てて帰り支度をしながら会話している。


 窓越しの空を眺めていると、一瞬遠くの空がピカッと光った。

 それを目にした桃子は、無意識にビクッと肩を震わせる。

 幼い頃から心臓に難を抱えているため、落雷恐怖症なのだ。



 塾の正面玄関には、親の迎えを待つ子たちで溢れている。

 桃子の両親は鍼灸院があるため、急な体調不良でなければ迎えには来ない。

 それは、桃子が両親に懇願したことでもあるから。


 あ、お昼の時の子だ。

 身長175㎝ほどのすらりとした容姿。

 顔もなかなかの美男子で、結構モテそうな雰囲気。

 友人らしき受講生と話している。

 手元に傘が無いことから、帰る方法を考えているのだろう。


 駅までは桃子の足でゆっく~~り歩いて7分ほど。

 健康な男子が走って向かえば、大してかからない距離。


 途中のコンビニで傘が買えればいいが、たぶんもう売り切れていて買えないだろう。

 だとすると、走るか、雨が小降りになるのを待つか。


『終わった?』

 

 手にしているスマホが震え、画面を確認すると、匠刀からのメッセージだ。


『終わったよ』

『もうちょいで着くから、塾の中で待ってろ』


 えっ、部活はどうしたのだろう?

 夕立で早めに終わったのかな?


『わかった、中で待ってる』


 雷の音が苦手な私を心配して、仮病を使って抜け出したんじゃ?

 そんなことを考えていた、その時。


「結構雨降ってるよ」

「……あ」


 N校の小川くんが声をかけて来た。


「お昼の時は、……ごめんなさい」

「え?」

「お友達にと、言って下さったのに」

「そんな畏まらなくてもいいから」

「……」

「この雨の中、帰るの?」

「あ、はい」

「親が迎えに来てくれるんだね」

「え?……あ、いえ」

「ん?」


 両親ではなく、匠刀が迎えに来てくれるから。

 

 濡れることは大して気にならない。

 それよりも、雷の方が厄介だ。

 まだ音は聞こえないから、雷自体は遠いはず。

 だから、今のうちに家に帰りたい。


 匠刀は、傘も持たずに迎えに来たりしない。

 口はぶっきらぼうだけど、結構用意周到な性格だから。


「あの、赤い傘なんて嫌かもしれないけど、良かったら……」

「え、それじゃあ、君が濡れちゃうじゃん」

「迎えが傘を持ってると思うので」


 桃子は自身の傘を差し出す。

 友達は無理でも、声をかけてくれたお礼くらいは。


「小川の彼女?」

「美人な彼女じゃん」

「あ、いえ、私は……」

「お前らうるせぇ、素通りしてけ」

「何だよっ、見せびらかして」

「ごめんね、同じ高校の奴らで」

「……そうなんですね」

「彼女さん、こいつ、意外と手が早いから気を付けて」

「ッ?!お前らっ」

「話してるところ悪いけど、そいつの彼氏は俺なんで」

「ッ?!匠刀っ」


 いつの間にか、私の背後に匠刀がいた。

 高校生で175㎝くらいあったら結構長身な方だと思うけれど。

 小川くんが小さく見えるほど、匠刀の鍛え抜かれた肉体は、目を見張るものがある。


「えっ、彼氏がいたんだ」

「いちゃ悪い?桃子とうこ、浮気か?」

「違うよっ」

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