第23話 折り畳み傘と美人な彼女③


 匠刀の愛が、ここまで重いだなんて思いもしなかった。


 最初の数日は『愛されてるなぁ』と暢気に感じてたけど。

 1週間が過ぎたあたりから、パワーアップというか、限度がないというか。

 私のことを何でも知っていたいらしい。


 いつだって飄々としていると思ってたのに。

 実は脳内がドロドロになってただなんて。

 だけど、これらを凌駕するほどの優しさの塊だと、私は知ってるから。


『タンパク質とカルシウムが足んねぇぞ』


 昼休みになったのかな。

 匠刀からお節介メールが届く。


『おやつ代わりに魚肉ソーセージ食べればいいんでしょ?』


 私の体を気遣って言ってくれているのは分かるけど。

 実の母親ですら、ここまで口煩くないのに。


 お昼ご飯を済ませ、席を立とうとした、その時。


「あの」

「……はい」

「白修館の子だよね」

「……そうですけど」

「俺、N校の小川おがわ 架流かけるって言うんだけど、友達になって貰えませんか?」

「……」


 こういう時はどうしたらいいんだろう?

 相手が女の子だったら、とりあえずは連絡先交換するくらいで済むけど。

 匠刀の了承なしに、勝手に連絡先教えるのも……。


「えっと、その……」

「あっ、全然怪しい者じゃないよ?白修館の野球部キャプテンが俺の兄で、他にも仲のいい子が何人もいるし」

「……あ、はい」


 白修館に友達がいるか、いないかはどうでもいい。

 友達が欲しいわけでもないし、塾には勉強しに来ているだけだから。

 本当に、どうしよう。

 

 ♪♬♩♪♫♪~~

 運よく午後の講義を知らせる予鈴(メロディ)が鳴った。


「ごめんなさいっ」


 桃子は談話室を後にし、女子トイレへ。

 

 連絡先を教える勇気も断る勇気もない桃子は、無事乗り切れたという安堵感に駆られた。

 とはいえ、同じ塾に通っていたら、当然またどこかで会うのだろうけど。


 何故、白修館の生徒だとバレたのだろう?

 あっ、学校帰りに制服のまま塾に通っていたからだ。

 

 彼のお兄さんが野球部のキャプテンと言っていたから、虎太くんと同じ北棟の生徒。

 北棟と南棟では制服が違うけれど、同じ学校章のワッペンがブレザーに付いてるから、制服を見れば分かるだろう。


 トイレ内ですぐさま匠刀にメッセージを打つ。


『N校男子から、友達になって欲しいと声をかけられた』

『予鈴が鳴ったから、その場から逃げれたけど』

『まだ、ちゃんと断れてない』

『どうしよう』

『彼氏がいるからって、ちゃんと伝えないとだよね?』


 匠刀の返答なんて大体察しが付く。

『無視しろ』『相手にするな』『彼氏がいると言え』

 分かってはいるんだけど、今はその言葉が欲しい。


 友達付き合いというもの自体が殆どない桃子は、会話自体が苦手だ。

 素子や匠刀はその点も分かってるから、気を遣わないで済むけど。

 何て返答しようか悩みあぐねて口籠っていると、『何考えてるか、分からない』『品定めされてるみたいで気分悪い』と言われたこともある。


 それに、友達同士で出掛ける場所にも制限がある。

 広々とした動物園は休憩が何度も必要だし、遊園地も乗れるアトラクションが極端に少ない。

 『遊びに行こう』と誘って貰っても変に気を遣わせてしまう。

 だから余計に友達つくりから遠ざかって、無理につくろうとして来なかった。


 匠刀から返信が来ない。

 午後の稽古が始まってるんだろうな。

 

 午後の講義開始を知らせる本鈴が鳴る。

 桃子はスマホをポケットにしまい、教室へと向かった。

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