第19話 誕生日と初カレ④

 *


「お前、あんなクソ甘ぇーの、よく食えんな」

「甘いからいいんじゃない」


 カフェでパフェをご馳走になり、炎天下を避けるようにエキナカを歩いて回る。


「疲れたら言えよ」

「大丈夫だよ」

「だから、我慢すんなってことだよ」

「あーはいはい、分かったってば」


 心臓に問題を抱えてるから、匠刀は心配性だ。

 母親よりも口煩く言って来る。


 だけど、こういう優しさは当たり前じゃないんだよね。


「何だよ」


 隣りを歩く私がじーっと見てるからだと思う。

 照れくさそうにあからさまに視線を逸らされた。


「私ね、虎太くんのことがずっと好きだったんだ」

「……知ってるよ。何、今さら」

「週に2回、うちの鍼灸院に来るのをすごく楽しみにしてたの」

「……」

「見る度にドキドキして、いっぱい盗み見してた」

「盗撮するくらいだもんな」

「私の初恋だったんだと思う」

「ばーか。それ、『好き』とは違うから」


 人の初恋を全否定。

 あんたに恋する乙女心の、何が分かるっていうの?


「桃子は、カッコいい兄貴にお姫様扱いされて、喜んでただけだよ」

「え?」

「恋って、我慢できるもんじゃねーもん」

「……」

「どんな理由こじつけたとしても傍にいたいし、男なら守りたいとか思うもんだし」

「……」

「俺がどんだけお前を見てるか、お前全然わかってねーよっ」

「っっ」


 匠刀に言われて、初めて知った。

『恋』というものを。


 私はただ見てるだけで幸せだった。

 笑った顔や真剣な顔とか、色んな虎太くんを見るのが楽しみだっただけで。


 匠刀に言われて気付く。

 心を焦がすほど、虎太くんのために何かをしたいと思ったことは一度もない。


「……今なら、分かるよ」

「あ?」

「恋する、気持ち」


 恋だと思ってたこの4年間も、たぶんずっと匠刀の影に恋をしていた。

 虎太くんが好きだったんじゃなくて、ジェントルマンの彼にずっと恋をしていたんだと思う。


 それを、虎太くんと勘違いしていただけで。


 可愛いと思って貰いたくて、頑張って髪を伸ばしたり。

 彼の前で具合が悪くならないように、日々ストレッチしたりして筋力アップを図ったりもした。


 それが、匠刀が言うみたいに相手へと分かるほど、ベクトルが表には出てなかっただけで。

 ……私の中ではちゃんと恋してたんだと思う。

 他の人には『恋』だと気付かれないくらい儚いものだとしても。


「私のことが好き?」

「は?……何、いきなり」

「好きか、好きじゃないか、教えてよ」

「……お前、すげぇ狡賢いな」


 自分から言う勇気がなくて。

 だけど、匠刀とのこの関係をはっきりさせたい。


 私は狡賢くて、利己的だ。


 今日が、16歳の誕生日というのもある。

 彼の優しさにつけ込んで、聞きたい答えを引き出そうとしてる。


「幼馴染ってだけで、こんなに尽くせるかよっ」


 いつも飄々としている匠刀が、今日はやけに可愛らしい。

 今日何度目か分からない照れ顔をしながら、ぎゅっと手を握り返して来た。


「じゃあ、なんでこの間キスした時に、『ごめん』って言ったの?」

「はぁ?」

「ねぇ、なんで?」

「……んなの、決まってんじゃん」


 一瞬交わった視線が再び逸らされ、気まずそうな表情に変わった。


「好きでもない男からキスされて、嬉しいやついんのかよっ」


 あぁ、そういうことか。

 したいからしてしまったけれど、冷静になって肝を冷やしたってわけか。


「匠刀」

「……んだよ」

「こっち見てってば」

「あ゛?……んっっ」

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