第17話 誕生日と初カレ②


 夏休み3日目。

 あっという間に夏休みに突入し、来ないでと願っていた誕生日が来てしまった。


 もとちゃんには、『ちゃんと向き合っておいで』と励まされたけれど。


 初恋の人を勘違いしていたのか。

 ちゃんと虎太くんに恋して、失恋したのか。


 匠刀と向き合って結論を出すことで、新しい恋もできる気がする。


「桃子~、匠刀くん来たわよ~?」

「はーい」


 1階から叫ぶ母親の声に返事する。


「よし!けじめの誕生日にするぞっ!」


 半袖のブラウスにフレアタイプのキュロットを合わせ、鍔の広い帽子を被る。


「何かあったら電話してね」

「はい」


 玄関で会話する母親と匠刀。

 こんな風に迎えに来るのなんて、いつぶりだろう。

 いつもはジャージ姿が多いのに『デート』だからか、モテ男子コーデをして来た。

 足が長くて鍛え抜かれた体躯に、無意識に視線が奪われてしまう。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 笑顔で手を振る母親に見送られ、自宅を後にした。


「今日、どこに行くの?」

「さぁ、どこだろうね」

「何、その言い方」

「いいから、今日は俺に任せとけばいいんだって」


 確かに誘ったのは匠刀だし、デート自体初めてだから、私にどうこうできるプランなんてないけど。


「心配すんな。真夏の炎天下の中、外を歩きっぱなしにしたりはしねーよ」

「っ……」


 心臓に難を抱えてる私を熟知している匠刀だから、体に負担をかけるような真似はしないだろう。

 母親の連絡先も当然知ってるし、これまでも倒れる度に何度も私の親とやり取りしてるくらいだから。

 その点においては心配してないけど。


『デート』というもの自体に、私は不安が尽きない。


 もとちゃんが言うように、ちゃんと自分の気持ちを確かめる意味でも。

 今日は匠刀としっかりと向き合わないと……。


「手、握ってもいい?」

「おっ?」


 私からの言葉が意外だったのか。

 匠刀にしては珍しく焦った顔をした。


「繋いでたら、私の体温で体調の変化にも気付けるでしょ」


 こんなのは後からつけた理由だ。

 本当は匠刀と手を繋いで、ドキドキするのか確かめたいだけ。


 子供の頃はよく手も繋いだし、おんぶもして貰った。

 遠い記憶のようだけど、まだ数年しか経ってない。


 ぎこちなく繋がれた手。

 この間の時も思ったけど、知らない間に男の人の手になってる。


 ゴツゴツとした硬い手が、優しく私の手指を絡めとる。


「誕生日だからって、気ぃ遣ってんの?」

「……違うよ」

「じゃあ、何?俺を好きなわけでもないのに」


 チクっと突き刺さる言葉。

 私が虎太くんをずっと想ってたことを知ってるから。


 歩く速度も日陰を探して歩いてくれるのも、当たり前だと思ってたけど。

 こういう行動ですら、本当は普通じゃないらしい。


『初デート』『初カレ』で昨日検索したら、こういう行動がピックアップされてた。

 本来なら、好きな女の子に対して男の子がする行動らしい。


 *


 電車を乗り継いで辿り着いたのは、劇場だった。

 私の好きな俳優さんが出演しているミュージカル公演らしくて、なんと今日が初日の舞台だった。


「いつから用意してたの?」

「3カ月くらい前?」

「そんな前から?!」

「こうでもしなきゃ、お前、連れ出せねーだろ」

「……」


 デートするのが目的だったのか。

 ミュージカル観劇を誕生日プレゼントにしたかったのか。

 虎太くんを忘れさせるためにしてくれた優しさなのか。


 宇宙人すぎて、匠刀の考えは全く読めない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る