第15話 ハラハラドキドキ、第3水曜日④


「あの、おばさん。来月の桃子の誕生日が日曜日なんですけど、一日連れ出してもいいっすか?」

「へ?あっ、えぇ~いいわよ♪……デート?」

「そうっすね。まだ本人の許可得てないんすけど」

「あらやだ。許可も何も、そんなの要らないわよ」

「お母さんっ!勝手なこと言わないでよっ」

「どうどうどう……ヒス(=ヒステリック)ると心拍上がるぞ」

「あんたのせいでしょっ!」


 どうどうどうって、私は動物じゃない!

 それに、誕生日という特別な日をあんたみたいなチャラ男と過ごすとか、ありえないんだから!


「なんか欲しいもんとかあるか?今からならオーダー受け付けるけど」

「……(どういうつもりよ)いきなり」


 私たちが会話する度に母親がちらちらとルームミラーで後部座席を見るから、ヒヤヒヤしちゃう。

 運転に集中して貰いたいのに。


「お母さん、安全運転で」

「はいはーい」


 無事故無違反でゴールドドライバーの母だけど、一瞬の気の緩みが事故に繋がるから心配だ。


 隣りに座る匠刀の肩をこつんと突っつき、スマホを翳す。

 スマホがあれば会話できるもんね。


『あんた、何考えてんの?』

『何って、デートプラン?』

『だから、なんで私とあんたがデートしなきゃならないのよ』

『別にいいじゃん。どうせお前暇だし』


 いちいち言葉に棘がある。

 今に始まったことじゃないけどね。


 この間の時みたいに優しい顔をしたと思ったら、すぐに馬鹿にするみたいにおちょくったりして。

 掴みどころがないというか、自由人というか。


 空手してる時の匠刀は真面目でカッコいいのに。

 本当に残念なやつなんだから。


 **


 母親は買い物をして来るからと、匠刀も私の家の前で降ろされた。


「自宅に送って貰えばよかったのに」

「少し散歩しねぇ?」

「散歩?」

「ん」


 今日の匠刀は少し様子がおかしい。

 大学病院にまで来たり、散歩に誘ったりと。


「ねぇ、熱があるんじゃない?」

「あ?」


 長身の匠刀のおでこに手を伸ばす。

 さらりとした前髪に隠れたおでこは、意外にもひんやりしていて、熱は無いらしい。


「ねぇよ」


 おでこに触れた手が、匠刀の手によって阻まれる。

 そして、その手はゆっくりと下ろされ、指が絡め取られた。


「桃子と散歩すんの、いつぶりだろう」

「5~6年くらい前?小学校の高学年になったら、お互い変に気を遣うようになったよね」

「それは、桃子が『近くに来んな』とか言ったからじゃん」

「え、そうなの?」

「お前、自分で言っといて忘れてるとか、マジでぶん殴るぞ」

「殴れるもんなら殴ってみなよっ」

「ぁあ?」

「どーせ、出来ないくせに。ってか、もうこの手、離してよ」


 匠刀は嫌味を言ったり、横暴な態度を取ったりするけど。

 いつだって私を傷付けないように気を遣ってくれていた。

 それは子供ながらに分かってた。


 クラスのみんなで追いかけっこする時も、走って逃げれない私はいつも鬼で。

 匠刀はわざとすぐに捕まって、話し相手になってくれていた。


「よーし、殴っていいなら一発殴らせろ」

「えっ」

「何だよ。殴っていいって言ったじゃん」

「言ったけど……」


 パッと繋いでいた手が離され、匠刀はポキポキと指を鳴らし始めた。

 えっ、本気で殴る気?


「腹に力入れとけよ」

「お腹?!」

「女の顔、殴れるかよ」

「……え、マジなの?」

「ほら、行くぞ」


 ぎゅっと目を瞑って息を止めて、お腹にぐっと力を込めた、次の瞬間。

 頭を鷲掴みされ、何やら唇に柔らかい感触を感じた。

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