第14話 ハラハラドキドキ、第3水曜日③


 2週間前のことを言ってるのだろう。

 けれど、あれは具合が悪いうちには入らない。

 ちょっと精神的にショックで気持ち悪くなっただけ。

 眩暈自体は大したことなかった。


「異常なしだよ」

「……そっか」


 はぁ~~と、盛大な溜息を吐いた匠刀。

 こんな間近でホッと安堵した顔を見るのは初めてかもしれない。


 いつも飄々としていて、のらりくらり愛想笑いのような。

 嫌味はふんだんに盛り込まれるのに、感情が一切表に出ないような奴なのに。


 あの日、彼の目の前で体調不良を訴えたからだ。

 今までもそういうことは何度もあったけれど。

 ここ2~3年は全く無かったから。


「ありがとね、わざわざ来てくれて」

「……ばーか」


 照れくさいのか、被っているキャップの鍔を引き下げ、顔を背けてしまった。


 いつだってそうだ。

 一番最初に体調の変化に気づくのは匠刀だ。

 僅かな変化に気付くくらい、私はそんなにも匠刀に心配をかけてるの?


「あら、匠刀くんじゃない」

「こんちわっ」

「学校は?」

「もう終わってる時間っすよ」

「あっ、……そうだったわね」

「匠刀、部活は?」

「水曜だから監督いないし、兄貴に用があるって言って来た」

「えっ……」


 会計を済ませた母親が、私の隣りにいる匠刀に話しかけている。


 毎週水曜日は空手部の監督が不在の日。

 遠藤監督は、高齢者施設に入所してい母親の面会に行っているらしい。


「私たちお昼ご飯まだなんだけど、よかったら一緒にどう?」

「え、俺もっすか?」

「車で来てるし、送ってくから、どこかに寄って食べて行きましょうよ」

「もう少ししたら、夕飯の時間になりますけど」

「うちは20時過ぎま仕事してるから、元々そんなに早くないのよ」

「あぁ~~。じゃあ、お言葉に甘えて」

「桃子、何食べたい?」

「うーん、ハンバーグ?」

「じゃあ、ファミレスにでも寄って帰りましょうか」


 匠刀の家族と食事をしたことはこれまで何度もある。

 親同士が仲がいいというのもあって、一緒に旅行にも行ったくらいだ。


 だけど、こんな風に匠刀だけを誘って食べに行ったことなんて一度もないのに。


 これ絶対、この間の『デートに誘ったんで』発言が効いている。

 母親の目がすっかり『彼氏』だと思い込んでるもん。


 車の後部座席に座った私は、すかさず匠刀に耳打ちする。


『変なこと、言わないでよね?』

「変なことって何?」

「ばかっ、シッ!」

「お母さんは前向いてて何も見えないからね~~」


 見えてんじゃん。

 ルームミラー越しにウインクして来た。

 ウフフフッと意味ありげな笑いをする母は、『どうぞ、ご自由に』的な視線を寄こして来た。


 そこは『高校生らしくね!』と釘刺そうよ。

 相手はフェロモン垂れ流しのチャラ男 匠刀なんだから。

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