第4章

第12話 ハラハラドキドキ、第3水曜日①


 少しずつ梅雨の走りかと思うような曇天が続く6月。

 第3水曜日の今日は、定期検診の日。


 ここ2~3年は心臓の調子もよく、入院せずに過ごせている。


 幼い頃はどうして走ってはダメなのか。

 何故お腹いっぱいに食べてはダメなのか。

 根本的なことがいまいち理解出来なかった。


 ダメだと言われたら、我慢がきかなくなるのが子供。

 その度に何度も倒れて、入退院を繰り返していた。


 高校生になった今は、心臓の仕組みだいぶ分かっている。

 何より、両親に心配をかけたくない。


 深夜にこっそり泣いている母を何度も見て、その度に胸が締め付けられた。

 他の子と少し違う体かもしれないが、これが私だから。



 学校を休んでかかりつけの病院(医大)へと、母親と向かう。

 片道15分ほどの道のりなのに、毎回この15分は物凄く長く感じて。

 心臓に負担をかけちゃダメなのに、どうしてもドキドキしてしまう。


 心臓が悪くなってたらどうしよう。

 前回の検査結果が悪かったらどうしよう。

 新たな病気が見つかったらどうしよう。


 ちゃんと薬は飲んでるし、状態をキープするための努力はしているけれど。

 それでも不安が尽きないのだからしょうがない。


 世の中にはもっと不自由な人が大勢いる。

 薬を飲んで安定することができるのだから、私は軽い方だ。

 そう何度も自分自身に言い聞かせた。


 **


「検査順路が書かれていますので、全て終わったらまたここに来て下さい」

「……はい」


 再来受付機から出て来た受付番号を胸部外科の外来窓口に出すと、A4サイズの用紙が入ったファイルを手渡された。


『①心臓・血管超音波室』から始まり、『⑧呼吸機能検査室』までの予約時間と検査に関する注意が、びっしりと記されている。


「まずは超音波室からね」

「……うん」



 午前9時に心エコー検査から始まり、正午を挟んで既に14時半過ぎ。

 さすがにお腹が空いて来た。


「次がラストね」


 検査の予約時間は決まっているけれど、実際はあってないようなもの。

 お昼ご飯を食べずに大学病院内を行ったり来たり。

 端から順に検査順路みたいにしてくれたらいいのに、棟を跨いで地下2階から地上3階にある検査室を巡る。


 空腹MAXの状態で、呼吸機能検査がラストだ。

 検査前でフラフラなのにちゃんとした数値が出るのか、桃子は毎回不安で堪らない。


「診察の後に尿検査があるか分からないから、今のうちにお水飲んでおきなさい」

「……ん」


 心臓のポンプ機能の低下により血液の循環が悪いと、血液中の水分や塩分が体の外に排出されにくくなる。

 それを防ぐために利尿剤を服用している桃子。


 こういう検査って、一生しないとならないのかな。

 怖くて聞けないというのもあるけれど、聞きたくても一度も聞いたことがない。

 

 皮膚や骨は再生するけれど、心臓の組織が画期的に回復するだなんて聞いたことがない。

 だから、一度破壊されてしまった心筋の細胞が、元通りに戻るとも思えない。


 運動機能全てがドクターストップというわけではない。

 少しずつ筋力アップを図り、体力をつけるのも大事なこと。


 家の周りを散歩したり、ヨガや軽い筋トレみたいなことは日々頑張っている。

 そのお陰もあってか。

 前回の呼吸機能検査よりは数値がよかった。


 1カ月ぶりに会う主治医の財前ざいぜん 彩葉いろは先生。

 東京白星会はくせいかい医科大学病院の胸部外科では唯一の女医らしい。



 胸はぺたんこだけど、一応これでも女の子だから。

 女性の先生ってだけで、安心感が違う。

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