第11話 デートとデート?⑤


 虎太くんの知らない一面を見れて嬉しいはずなのに、胸が苦しい。

 やっぱり、来るんじゃなかった。


 4年も想い続けた相手がこんなにも近くにいるのに、私ではない人を優しく見つめている。

 私が勇気を出して告白してたら、その眼差しの先は私になってたのかな。


 今さら後悔しても遅いよね。

 そもそも、私に告白する勇気なんて無かったんだもん。


 虎太くんが雫さんのために頑張った逸話は聞いてる。

 空手界のプリンスが射止めた女神として、嫌でも耳に入って来るから。


「あっ、モモちゃんのカップ空だね。私のも空だから一緒に淹れて来るよっ!イチゴオレでよかった?」


 スッと立ち上がった雫さんは、結構混んでいるドリンクバーを指差し、すぐさま席を離れてしまった。


「えっ、あの大丈夫で……」

「桃子っ」


 雫さんを追いかけようと立ち上がった瞬間、ぐらりと視界が大きく揺れた。


 右心房の一部が損傷している桃子は、心房から心室へと運ぶポンプ作用に難がある。

 急に立ち上がった時や、疲労やストレスが蓄積すると、眩暈や立ち眩みがよく起こる。

 酷い時は脈が飛んだりして不整脈が起るし、血栓ができやすく、脳梗塞にもなりやすい。

 匠刀が体を支えてくれたお陰で、どこにも痛みはない。


「急に立ち上がるな」

「……ん」

「平気か?気持ち悪くないか?」


 眩暈が治まるのを待って、ゆっくりと座り直した。


「兄貴、悪い。桃子を送ってくから、あとは二人でゆっくりして」

「お、おぅ。……モモちゃん、大丈夫?」

「……はい、大丈夫です。ご心配おかけしてすみません。雫さんに宜しくお伝え下さい」

「ん」


 息苦しい。

 大丈夫とは言ったけど、ちょっと気持ち悪いかも。


 *


「匠刀、あそこの空いてるベンチで休んでもいい?」

「ん」


 駅のロータリーにあるベンチ。

 改札は勿論、バスの停留所とタクシー乗り場に近いから、結構な人が行き交う。


『ドルチェ』から、50メートルも離れてないのに足が重くて動かない。


 自宅までそれほど離れていないのに、その道のりですら途方もなく遠くに感じて。

 思わず、匠刀の腕を掴んでいた。


 匠刀に支えられ、漸くベンチに辿り着く。


「おばさんに迎えに来て貰うか?」

「……少し休めば大丈夫」


 腰を下ろしたはずなのに体が安定しない。

 ゆっくりと鼻で呼吸し、心臓に酸素を送る。


「ほれ」

「……ん?」

「横になった方が休めんだろ」

「……」


 隣りに腰を下ろした匠刀は、自身の脚をポンポンと叩き、『膝枕してやるから横になれ』と合図して来た。

 普段なら『誰があんたなんかの膝に!』くらい言い返すところだけど、今はその気力すらない。


 勢いよく立ち上がったことで起る症状だけじゃない。


 ずっと好きだった人の彼女を目の当たりにして、精神的にショックだった。

 虎太くんが好きな人に対する態度にも正直驚いたし、決して自分では太刀打ちできない現実に打ちのめされたからだ。


 そんなストレス過多状態だった桃子は、知らぬうちに心臓に負担をかけていたようだ。


「……ごめんね」

「ばーか。こういう時は、ありがとうだろ」


 匠刀の脚は思ってた以上に硬かった。


 通りすがる人の視線が向けられるが、今はそれすらも気にしていられない。

 桃子は静かに瞼を閉じた。

 すると……。


 がさごそと匠刀が上体を動かしたと思った、次の瞬間。

 ぱさりと何かが桃子の顔にかけられた。


 匠刀の匂いがする。

 あ、匠刀のシャツだ。

 もしかして、周りから隠してくれたの?


 ん?

 あれ??

 これって、前にもあったような……。

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