第10話 デートとデート?④


「こんにちは、香椎かしい しずくといいます」

「こんにちは、初めまして。仲村なかむら 桃子とうこです。桃の子と書いて『とうこ』と読みます。今日は急にお邪魔してすみませんっ」

「え~~全然だよっ、むしろ、桃子とうこちゃんの話は虎太くんから聞いてたから、会えて嬉しいよ」

「あ、先輩」

「ん?」


 挨拶をしたら、急に虎太くんが彼女さんに耳打ちし始めた。

 虎太くん、彼女さんのこと『先輩』って呼んでるんだ。


 雫さんは今年の春に白修館を卒業した先輩。

 私たちがまだ入学してない去年に、虎太くんは毎日のように南棟に通い、彼女さんを口説き落とした。

 空手で有名な虎太くんが、学校一の才女を口説き落としたとあって、彼らが毎日座っていた南棟テラスのコーナーテーブルは、『恋愛成就の席』と言われている。


「ごめんね、ひそひそ話とか気分悪いよね?」

「……いえ」

「モモちゃんって呼ばれてるんだって?」

「……はい」

「じゃあ、私もモモちゃんって呼んでいい?」

「……はい」


 4人掛けのテーブルに虎太くんと彼女さん、私と匠刀で横並びで座っていて、嫌でも視界に入る。


「飲むのも食べるのもフリーだから、好きなものどんどん食べてね」

「ありがとうございます」

「先輩、ケーキ取りに行こ」

「うん」


 初めて見た。

 虎太くんのあんな無邪気な顔。

 それに、虎太くんが惚れるのも分かる気がする。


 スレンダーな長身で、落ち着きのある知的な感じ。

 匠刀が小学校6年の時に優勝した全小の空手大会で、3連覇したという彼女。

 それだけでなく、他の格闘技や体操なども何でもこなしていたという。


 南棟の普通科に通うだけでもハイレベルなのに、彼女はその中でもエリートと言われる総合特進コースを3年間1位をキープした人。

 私なんかが敵うはずない。

 心臓に不安を抱えてる時点で、同じ土俵にすら上がれない。


桃子とうこ

「ん?」

「飲み物、取りに行くぞ」

「……うん」


 ドリンクバーでイチゴオレを淹れていると、スッと横に来た匠刀が顔を覗き込んで来た。


「泣いてるかと思った」

「へ?」

「お前にしちゃあ、頑張ってる方じゃん」


 ポンポンと優しく頭が撫でられる。


「俺と星川以外で普通に喋れる奴いないもんな」

「っ……」


 病気で休みがちだった私は、何をするにも出遅れて。

 友達を作るのもクラスの輪に入るのも、いつも自力では無理だった。


 幸いにも小学校の頃は匠刀が同じクラスだったし、中学に入ってからはもとちゃんがいつも傍にいてくれた。


「帰りたくなったら合図して」

「……」

「ちゃんと連れ出してやるから」


 だったら誘わないでくれたらよかったのに。

 好きな人の幸せそうな顔を見るのは嬉しいけれど、私ではない人に向けた眼差しだ。


 テーブルに戻ると、物凄い量のプチケーキが並んでいる。


「モモちゃん、好きなの食べてね」

「……ありがとうございます」


 苦い薬漬けとも言える生活が長かったせいで、甘いものはご褒美のような特別な意味合いがある。

 だから、もとちゃんがくれる『一口チョコ』も、匠刀がくれる『いちごみるくのキャンディー』も嬉しいけれど。

 テーブルを埋め尽くすほどのケーキの量に、桃子は言葉を失った。


「兄貴、さすがにこれは酷くね?」

「そーか?先輩がこれくらいなら食べれるって言うから」

「あっ、ごめんね、勝手に持って来ちゃって。私見た目通りに結構食べるから」


 自嘲気味に笑う雫さんは、虎太くんが差し出したプチガトーを一口で食べてしまった。


 あぁ、完敗だ。

 こんな風に美味しそうに食べることすら、私にはできないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る