第3章

第7話 デートとデート?①


「こんばんは」

「いつも遅くに悪いね」

「いえ」

「モモちゃん、こんばんは」

「……こんばんは」


 午後7時半を回ろうとしている時間に、津田親子(3人)が鍼灸院にやって来た。

 いつも診療時間終了ギリギリにやって来る、ラストのご利用者さん。

 桃子は虎太郎から診察券3枚を預かる。


「奥のベッドが空いてます」

「いつもありがとね」


 虎太郎は桃子の頭をポンと一撫でし、奥のベッドへと向かっていく。


「お前、見すぎ」

「っ……うるさいっ」


 別に後ろ姿を見るくらいいいじゃない。

 一番最後に入って来た匠刀が白い眼を向けて来た。


「あ~、マジでうぜぇ」


 かったるそうに奥のベッドへと向かう匠刀。

 そんな彼の腕を掴む。


「匠刀っ」

「……あ?」


 いつもながらに嫌そうに振り返える。


「今日は色々ありがと。これ……」


 受付台の内側に置いておいたバイク雑誌を彼に差し出す。


「……何これ、口止め料?」

「お礼だよ、お礼」

「……フゥ~ン」


 嬉しそうな表情など微塵も見せず、匠刀は桃子の手からバイク雑誌を受取った。


「じゃあ、これやる」

「へ?」

「お礼のお礼」

「……」


 目の前に突き出された彼の手。

 仕方なく手のひらを差し出す。


 ぽとんと手の上に落ちたのは、私が好きないちごみるくのキャンディー。


「甘いの嫌いなんじゃ?」

「貰いもんだよ。食べねぇからやる」


 どうせクラスの女の子にでも貰ったのだろう。

 とりまきとも言える女子がいつも匠刀を追いかけてるから。


「溶けてんじゃん」

「文句言うなら食うな」


 夕食がまだの桃子は小腹が空いていて、キャンディーを食べようと包みを開けたら、見事にべったりとくっついていたのだ。

 そういえば、匠刀は来る時、いつも何かしら持って来る。

 餌付けのつもりなのだろうか?


 ***


 土曜日の昼過ぎ。

 鍼灸院の土曜の診療受付時間は午後3時から7時半まで(当院カレンダーによる)。


 塾が無い日に鍼灸院の手伝いをしている桃子。

 今日は、とある店へとお使いに出ている。


 最寄り駅の反対側にある寝装具専門店。

 鍼灸院で使用するスリッパが注文してあり、それの受取りに来た。


「重たくない?大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です」


『仲村 鍼灸・整体院』と印刷されているスリッパ15足分を受取り、店員さんに会釈し店を後にする。

 

 本来ならば配達もしてくれるらしい。

 けれど、うちがわざわざそれをしないのには理由がある。


 本当は家業の手伝いではなく、同世代の子たちと同じようにアルバイトがしたい桃子。

 けれど、心臓に不安要素のある桃子は、両親からの許可が下りないのだ。


 買いたいものは年齢相応にあるけれど、お小遣いだけでは到底足りない。

 鍼灸院の手伝いは僅かなもので、たまにこういう手伝い的な臨時収入を期待するほか術がない。


 少しでもお金を貯めたい桃子は、両手に食い込む紙手提げ袋を必死に持つ。


 駅のコンコース内を歩き、自宅へと向かっていた、その時。


「モモちゃん」

「……こんにちは」

「お手伝い?」

「あ、……はい」

「重たそうだね。家まで持って行ってあげるよ」

「えっ、あ、大丈夫です!……本当に」


 声をかけて来たのは、愛しの虎太くんだった。

 休みの日に会えるなんて、超ラッキー!

 私服姿の虎太くんについ見惚れてしまった。


 会えただけで嬉しいのに、こういうさりげない優しさにくらっとしてしまう。

 本当に紳士的で素敵な人だ。


「浮気?」


 虎太くんと楽しく会話しているところに、お呼びでない奴の声が聞こえて来た。

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