第5話 ココアとお月様③
桃子がいるテーブルから少し離れた所で、匠刀は両手に花状態で女子と昼食をとっている。
今朝の御礼を言いたいけれど、わざわざ声をかけに行く勇気はない。
匠刀と二人きりなら気を遣わずに済むけれど、他の子がいると、どうしても近寄り難い。
部活もあるし、休みの日は自宅の道場で稽古もあるだろうに。
一体、いつ遊ぶ暇があるのだろう?
しかも、白修館の普通科はかなり偏差値が高い。
桃子と匠刀は理系コース、総合特進コースに比べたらまだましだけれど。
それでも、入学と同時に大学受験の勉強がスタートするくらいだから、授業内容は相当レベルが高いはずなのに。
「中間テスト対策に、モモの家に行ってもいい?」
「塾の無い日ならいいよ」
「やったぁ」
素子が嬉しそうにお揚げを口に運ぶ。
塾が無いの日は大抵自宅の鍼灸・整体院で手伝いをしている桃子。
施術に使ったタオルの交換、院内の清掃などが桃子の仕事だ。
津田兄弟は週に2日ほど、仲村鍼灸院にやって来る。
高校に入学するまではこの週2日が、想い人に会える特別な日だった。
虎太くんは昨年の世界選手権やアジア大会で入賞し、今年3月に行われた全国大会で優勝した。
そして、今年の夏に開かれるオリンピックの出場が決まっていて、町内会(商店街)の期待を一身に受けている。
虎太くんは誰にでも優しくて、老若男女問わず気さくに話しかける。
うちの鍼灸院に通う常連さんは、みんな虎太くんのファンだ。
「あ、予鈴だ。モモ、トイレに寄ってくでしょ?」
「うん」
予鈴を知らせるチャイムが鳴った。
食器を返却口へと持って行き、もとちゃんとテラスを後にしようとした、その時。
「
「……何?」
「これ、やる」
「えっ……」
2メートルほど離れた場所から匠刀が声をかけて来た。
ポンと投げられたのは、缶ジュースのココア。
しかも、なぜホット?
「間違えて買ったから、お前にやる」
「は?」
「そんなクソ
「……」
テラスの一角にある自販機コーナーで買ったのだろうけど。
両親以外で私を『
虎太くんでさえ、『モモちゃん』と呼ぶ。
「ありがと」
「おぅ」
「えぇ~、匠刀飲まないなら、あたしにくれてくれればよかったのにぃ」
お昼ご飯を一緒に食べていた女の子が不服そうな顔をし、嫉妬のような眼差しを私に向けて来た。
「あの、飲みたいならあげますよ?」
「えっ、いいの~?」
別にココアが好きなわけでも飲みたいわけでもない。
匠刀が間違えて買ったものを無理やり押し付けられただけだ。
桃子は手にしているココアを匠刀の隣りにいる女子に渡そうとした、次の瞬間。
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