第4話 ココアとお月様②


 早歩きを10分近くしたお陰で、胸が苦しい。

 酸素が上手く吸えないけれど、無事に教室には辿り着けそうだ。


 階段を上がっている時に既に本鈴が鳴ったから、完全に遅刻確定。

 それでも、倒れることなく教室に辿り着ければ御の字だ。


 階段を上りきり、教室がある廊下へと曲がった、その時。

 視界に見慣れた人物が映る。


「……何してんの?」

「あ?」


 私の教室である1年B組の後方のドアの敷居部分に匠刀がしゃがみ込んでいた。


「ほら~~津田っ、早く自分の教室に行きない!」

「あーはいはい」


 上靴には靴紐がないのに紐を結ぶみたいな格好をしていて、ドアを塞ぐような形でしゃがみ込んでいた匠刀が、ゆっくりと立ち上がる。


「早く入れ、のろま」


 自分の教室へと向かう匠刀がぼそっと呟いた。


「手嶋~~」

「はい」

「戸崎~~」

「はーい」

「仲村~~」

「……え?」

「仲村~~、休みか~~?」

「はいっ、います!」

「モモちゃん、ギリセ~~フ!」

「仲村、本来なら遅刻だぞ」

「……すみません」

「分かったら、早く席に着け~~」

「あっ、はい」


 教室内に担任の声が響く。


 自席に着いた桃子は、さっきまで匠刀がいた場所へと振り返った。

 もしかして、わざとあそこに座り込んでたの?


 匠刀のクラスは隣りだ。

 本鈴がなる前に階段を駆け上がって行ったはずなのに。


「モモ、おはよ。間に合ったじゃん」

「……ん」


 斜め左前の席の素子。

 今朝は『遅刻する』とメールを送っておいたのだ。


 匠刀がいなければ、絶対に遅刻だった。


 私は間に合ったけど、匠刀は……。


「ホントに要らぬことをするんだから」

「ん?何か言った?」

「ううん、何でもない」


 桃子は、はぁっと小さな溜息を吐いた。


 **


 昼休み。

 素子と学食があるテラスへと向かう。


「モモ、お腹の具合どう?」

「……うん、大丈夫。保健室でカイロ貰って貼ったから、だいぶ良くなった」

「今日は温かいものにしなよ」

「……ん」


 昨日から生理が来てしまい、今朝は生理痛で朝ご飯も殆ど食べれなかった。


「モモ、何にする?」

「きつねうどんにしようかな」

「じゃあ、あたしも同じものにする」


 うちの高校はセレブ校だなんて言われるけれど、学食はびっくりするくらい激安。

 南棟の学食メニューしか知らないが、もとちゃんが言うには、北棟のメニューはデカ盛りで超激安だという。


 天丼250円、日替わりランチ300円。

 きつねうどんなら180円と、立ち食い蕎麦より安い。

 どこぞの大企業が毎年多額の寄付をしてくれているお陰で校舎も綺麗だし、カリキュラム自体もかなり充実している。


「たくとぉ、一緒にご飯食べよ~~」


 猫なで声のような甘ったるい声が聞こえて来た。

 テラスの入口にあいつがいる。


 匠刀は兄の虎太郎と同じで幼い頃から空手をしていて、地域でもかなり有名な一家だ。

 オリンピックに出場できるだけでも凄いのに、彼の父親はオリンピック金メダリスト。

 だから、津田道場と言えば、大抵の人が知っている。


 兄と同じようにスポーツ特進科に入るとばかり思っていたら、入学式当日、何故か普通科(南棟)のクラス表に匠刀の名前があった。


 匠刀は幼い頃から要領がよくて、スポーツも勉強も何でも簡単に出来てしまう。

 挙句の果てには、女の子をメロメロにする甘いマスク。


 最近は色気が出てきたのか、上級生や他校の女子をもはべらかせているともっぱら噂だ。

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