第2章

第3話 ココアとお月様①


 5月中旬のとある朝。


「桃子、本当に大丈夫なの?無理して行かなくても、休んでもいいんだからね?」

「大丈夫だよ。薬も飲んだし、痛みもだいぶ引いたから」

「父さんが学校まで送って行こうか?」

「もうやめてよ、2人とも。ホントに大丈夫だからっ」


 朝8時10分を回った。

 玄関でローファー履き、振り返り両親に笑顔を見せる。


「いってきます」

「いってらっしゃい」

「気を付けてね」


 いつもより20分ほど遅く、自宅を後にする。

 桃子の足では遅刻するかもしれない。


 自宅から駅まで、駅から学校までの道のりを全力疾走出来たら、十分に間に合う。

 高校までの距離は、それほど遠くないから。


 だけど、高校を受験する時に決めたことがある。

 体調不良を理由に、安易に親へ助けを求めないということ。


 心臓の調子が悪くなってやむなく休むことは絶対にある。

 その時だけ親に頼ることにしたのだ。


 今まで病気を理由に、ちょっと調子が悪いだけですぐに休んでいたけれど。

 高校は義務教育じゃない。

 欠席すればいずれ出席日数が足りなくて、進級できなくなる。

 幾ら勉強を頑張っても、こればかりはどうすることもできないだろう。

 けれど、その現実をちゃんと受け止めねばならないから。


 いつまでも親が助けてくれるわけじゃない。

 いつかは両親のもとから自立しなければならない。


 遅刻したっていい。

 1日でも多く、自力で学校に通いたい。


 桃子の切なる願いだ。


 *


「おいっ、ストーカー」

「ッ?!」


 駅から高校の正門へと向かっていると、突然背後から声がかけられた。

 声の主は振り返らなくても分かる、匠刀だ。


 既に予鈴が鳴り終わったくらいの時間帯だから、同じ高校の生徒はちらほらとしか見当たらない。

 みんな、正門へと桃子の横を颯爽を駆け抜けてゆく。


「今朝は寝坊か?」

「あんたとは違うわよっ」

「ストーカーの次は、堂々と遅刻ってわけか」

「何が言いたいの?ってか、遅刻常習犯のあんたには言われたくない」


 匠刀から話しかけられても、早歩きは止められない。

 1分でも早く、学校に着きたいから。


「私と話してると、遅刻するよ?あんたの足なら、まだ十分に間に合うでしょ」


 ちらりと真横を歩く匠刀に視線を向ける。

 私が走れないのを、彼は知っている。


「担いでってやろうか?」

「は?」

「お前ヒョロヒョロだから、大して重くねぇだろ」

「……うるさい、余計なお世話だよっ」


 ヒョロヒョロだとか、か弱いとか言われるのが一番嫌い。

 これでも一応年頃の乙女だから、グラマラスな体型に憧れる。


 女性ホルモンが多く含まれるという、大豆食品をや生キャベツを頑張って食べたり。

 良質なたんぱく質やアミノ酸も進んで摂るようにしてるけれど。


 体重増加は心臓に負担をかける。

 だから、頑張ったところで体型が変わるほど、成長は見込めない。


 正門をくぐって、玄関へと急ぐ。


「目障りだから、先に行ってよ」

「あっ、そう」


 遅刻常習犯の匠刀を道連れにはできない。

 匠刀なら、階段を数段飛ばしで駆け上がれば滑り込みセーフだと思うから。

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