第2話 恋する乙女はボーダー柄 ②


 北棟と南棟が連結している中央部分の3階。

 長廊下の窓を開けて、桃子は自身のスマホを取り出す。


「よかったぁ、……間に合った」


 動画機能を立ち上げ、校庭の一角にいる集団にスマホを向ける。


「うわっ、今の何?……体操選手みたい」


 校庭の隅にある鉄棒を空手部の部員たちが取り囲んでいる。


 毎週水曜日は空手部の監督が休みのため、部活動はロードワークや体力づくりになっているらしい。

 天気のいい今日は『校庭で基礎トレをする』という情報を素子が仕入れて来たのだ。


 桃子の視線の先には、鉄棒を蹴上がりした一人の男子高生が映る。


 4年もの間、桃子が片想いしている人物だ。

 津田つだ 虎太郎こたろう 高校3年、空手部の部長。


 学年が2つ上ということもあってなかなか会えないけれど、たった1年でも同じ学校に通いたいと思い、白修館高校を受験した。


 ピンチアウト拡大(2本の指の間を広げる操作)をして、画面に映る彼に見惚れていると。


「お前、すげぇな。盗撮してまで兄貴のストーカーかよ」

「ッ?!!」

「せんせーいっ、この人、盗撮してま~っん……」

「それ以上喋ったら、貸してるお金、今すぐ返して貰うよ?」


 長廊下だし、放課後だから誰も来ないと思っていたのに。

 まさかの人物登場に、さすがの桃子も焦る。


 都内でも名門の白修館高校で『津田兄弟』と言えば、誰もが知るイケメン兄弟だ。

 オリンピックメダリストを父に持ち、桃子が片想いしている兄の虎太郎は、今年開催されるオリンピックに出場も決まっているほど、空手界では『プリンス』と呼ばれている。


 そして……。


 桃子と同じ年の弟・匠刀たくと

 兄と同じく長身で鍛え抜かれた体躯ではあるが、性格は真逆。


 兄の虎太郎は硬派で、男子にも人気がある。

 それに比べ弟の匠刀は、とにかくチャラい。

 彼から話しかけているのか、周りの女子が寄って行くのかは分からないが、常に周りに女の子がいる。

 しかも、何を考えているのか全く読めない、規格外の宇宙人タイプだ。



 桃子の自宅は両親が経営している鍼灸・整体院で、津田兄弟は父に連れて来られ、幼い頃からの常連だ。

 だから、幼なじみというか、腐れ縁というか。

 切っても切れないような関係だ。


 匠刀の口を手で覆い、発言権を取り上げた桃子は、キッと睨み上げていると。

 その桃子の手を掴み返して来た。


「俺を脅す前に、自分が犯してる罪をどうにかしろ」

「は?」

「今日はボーダー柄かよ」

「……ッ!!」

「迷惑防止条例違反で通報すんぞ」

「っっ……」


 ポンッと匠刀にお尻を叩かれた。


 彼を撮影し損ねると思って、慌ててリュックを背負って来たから。

 制服のスカートの裾が挟まって、下着が丸見えだったらしい。


 よりにもよって、こいつに見られるなんて。


「人のもの欲しがったらダメだって、小学校で教わらなかった?」

「は?」

「何度も言うけど、兄貴には『』ができたから」

「……分かってるよ」

「わかってんなら、いい加減諦めろや。マジでうぜぇ」


 告白する勇気もなくて、ただ見てるだけで満足だった。

 だから、彼女ができたからといって、そんな急に気持ちなんて整理できるわけない。


 それなのに、この男(好きな人の弟)は、傷ついてる私の心にずかずかと土足で入り込む。


「私が誰を好きだって、あんたには関係ないでしょっ」

「……ばーか」

「ばかっていう奴が、ばかなんだからっ」

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