魔法

「さて、訓練を始める前に、お前達に手渡さなければならないものがある。」


 ジュピターはイオから二種類の道具、“コブウィム”とリング状の何かを受け取り、ソル達に説明する。


「この道具、コブウィムは耳につけて使う。今イオが着けているものだな。これと対応した杖を使って魔法を撃つ道具だ。」


 コブウィムを二つ取り、ソルとヴィーナに渡す。次にリング状のものを受け取る。


「これは筋力ぞうきょ……と言っても通じないだろうが、まあ、動きやすくするための道具だ。足や手にはめて使う白兵戦用の道具だ。」


 これは八つ取り、四つずつソルとマルスに渡した。

 早速道具を装着する。両腕両脚につけたリングは、まるで身体と一体化しているかのように違和感がない。着けていることさえ忘れそうだ。耳に着けたものは、耳が挟まれているような感覚はするが、痛みはない。


「最初は慣れないだろうが、着けているうちに気にならなくなる。ただし、ソルとマルス、お前達の着けているリングの扱いには気をつけろ。」

「どういうことですか?」

「使いすぎるなということだ。少しずつ慣れさせなければ、最悪の場合手足が動かなくなる。」


 その話を聞いて背筋が凍る。しかもジュピターが言うものだから、冗談ではないだろう。


「そこまで怯えることはない。お前達のものにはリミッター、力を抑える仕組みがある。最悪の場合など起こり得ない。」


 ほっと胸を撫で下ろす。


「さあ、訓練を始める。魔法はイオ、剣はカリストが教える。ここでは今日と明日だけだ。あまり長く旅を止めるわけにはいかん。」


 魔法と剣、三人と一人に分かれて訓練を受けることになった。



「魔法についてはさっきの説明通りよ。」


 イオによる魔法講座が始まる。魔法の源泉は「想像」。詳細な想像が必要だという。ソルとヴィーナは拙いながら炎や金属片を魔法で生み出す。一方でルーナの才覚は訓練を始めて直ぐに現れた。魔法に慣れているというのはあるのだろう。周りに蛇のような水の塊をまとわせたり、まばゆい光を生み出したり、足元の草を急成長させたり。

 しかし、ルーナの魔法はフォルトゥナと戦うには威力がないとイオは言った。ルーナの穏やかな性格が無意識に何かを傷つけることに歯止めをかけているのだろう。


「ルーナ、確か貴方は皆の怪我を治していたのよね。」

「はい……」

「なら、貴方は後方支援で戦いに貢献しなさい。仲間が傷付いた時には癒やし、敵が向かってくる時にはそれを妨害する。例えばこういう風に。」


 イオが杖をひょいと上に振り上げる。その途端、少し先の地面が音を立てて迫り上がり、肩までを覆い隠す程度の壁となった。

 イオが杖を下ろすと、地面は再び元の様相を取り戻す。


「他にも仲間を守る防御魔法、治療魔法は幾らか存在する。最も高度なものはどんな魔法も通さない透明な壁だったり、失われた手足を再生する治療魔法だったり……」

「イオは使えるの?」

「残念ながら私も使えないわ。だから教えられない。それがあるということだけは伝えておくけれど、この域まで至れるかは才能……というよりも魔法の本質を理解できるかといったところかしら。」


 意味深な言い方をする。


 魔法は想像の産物だ。想像できないものは魔法とした顕現しない。見えるものは大概魔法にできる。剣だろうが、盾だろうが、なんだって創れる。形はいびつになってしまうかもしれないが。だが、目に見えないところで行われる魔法は、それこそ空気を操るだとか、そのような魔法は会得するのにそれなりの時間を要する。空気を動かす想像が出来るだろうか?出来なければ空気は動かない。


 訓練は夜まで続いた。半日に渡る訓練の結果、元からの才能もあったのか、マルスは最低限の剣術を習い終え、ソル達は弱々しくも魔法を顕現させることに成功した。


 翌日も訓練。昨日と内容はほとんど変わらない、基礎の繰り返し。ソルとヴィーナは魔法操作の精度を高めるために、離れた的に魔法を当てる訓練をしていた。的まで数十メートルはある。二人ともそんな無茶な、とイオの方を見る。しかし、的に三連続で当てるまでこの訓練は終わらないと言われてしまった。



「疲れたー!」


 数時間に及ぶ奮闘の末、何とか三連続当て切って休憩に入る。じきに冬になるのに汗が止まらない。

 ルーナがお疲れ様、とソルをねぎらう。飲み物を受け取り、喉に流し込む。冷たい水が身体を潤した。

 ヴィーナは一足先に課題を終えていて、木陰でぐったりとしている。


「この程度で疲れてどうするのよ。」


 呆れ顔のイオが、休んでいるソル達の元へ来る。


「こんなに長い間同じことをし続けるのって、結構苦痛。集中力たない!」

「これが終わったら次は威力を上げるために岩を破壊する訓練をするわ。」


 ヴィーナがあからさまに嫌そうな顔をする。

 ソルは横たわっている身体を起こし、コップに入った水を一気に飲み干すと、杖を持ち、訓練を再開する。そんなソルを見てれば、ヴィーナもやらざるを得ない。年下が必死になって努力しているのに、自分は何もしないのかと、自分の身体に鞭を打ち、木陰から飛び出す。二人が去った後、ルーナも自分の魔法を磨くために自主訓練を再開した。



 訓練が終わる頃には皆ヘトヘトで、話すことさえもだるく感じた。しかし、この二日間での成長は目を見張るものだった。

 翌日はライブラに向かって馬車が走り出す。ソル達は夜食の後、闇に包まれた草原で、疲れた身体に鞭を打って、もう少しだけ訓練を続ける。

 遠くから狼の遠吠えが聞こえる。風が吹き、サワサワという音を立てて草が揺れる。夜の静寂に似つかわしくない魔法の飛ぶ音や剣戟けんげきの音が響く。眠っていた鳥達が、音に驚いて一斉に羽撃はばたいた。気付けば月が真上に来ている。


「そろそろ眠ったらどうだ?」


 未だ訓練を止めようとしない彼らにジュピターが声をかける。


「己の実力の研磨に余念がないことは殊勝なことだが、休息も訓練の一環だ。無理をして身体を壊されても困る。」


 ソル達は腕を止める。息は切れ切れだ。ジュピターの説得に応じ、馬車に戻って眠りにつこうとする。しかし、その睡眠を阻害する存在が現れた。


 ワオーン、という狼の鳴き声がやけに近くで聞こえる。周りを見渡すが、それらしき影は見当たらない。草に紛れようとも、背の高い草が無いこの地では隠れる場所などないはずだ。


「厄介な相手だな。イオ、炙り出せるか?」

「ええ。」


 イオが杖を天に向かって突き出す。まるで神の教えを乞うかのように仰々しい掲げ方だ。数秒も経たないうちに、杖を下ろしジュピターに報告する。


「解析が完了したわ。八時の方向に一体。それだけよ。」

「了解だ。」


 ジュピターが右後ろに振り向き、三日月状に光の魔法を放つ。風よりも速く飛び去った魔法が何かを切り裂いたのか、バキンという金属音が耳に届く。

 途端にその方向に真っ黒の影が現れた。距離はおよそ五十メートル程。影から推測するにそこまで巨大なものではない。


「何、あれ?」

擬態狼リンピッドウォルフ。姿を隠して人間を襲う魔物だ。」


 眉ひとつ動かさない冷静さ。イオの行動の速さといい、慣れているのだろうか。


「奇襲さえ無力化すれば大して強くもない。しかも、遠吠えを出す型は“探知型”だろうが、他に魔物はいない。対処は容易たやすい。」

「たんちがた?」


 マルスの質問を無視して、ジュピターが走り出す。勢い良く跳び上がり、空中で鉄の剣を生成する。魔物が上を向き、大きく口を開ける。口の中から光が溢れる。魔法を放とうとしているのだ。イオがそうはさせまいと魔物の眼のすぐ下に氷を突き刺す。首を振り回して暴れる魔物。イオは即座に次の行動へ移る。周りの草を伸ばし、蔓のようにグルグルと巻きつけた。押さえ込まれ、動けなくなる。ジュピターは魔物のすぐ真上まで迫っていた。剣を両手で持ち、魔物の心臓を勢い良く貫いた。魔物は最期の遠吠えをあげ、四肢を投げ出すように倒れ込む。


 魔物を拘束していた草が外れる。ジュピターは魔物の停止を確認すると、イオに向かって、はっきりと聞こえる最低限の大声で報告を述べる。


「解析通り、他の魔物はいないようだ。」

「そう。」


 イオは短く返事をして馬車へ戻ると、カリストを起こし、番の交代を頼んだ。ジュピターが戻ると、ソル達は次々と質問する。魔物とは何なのか。どうして身体が見えなかったのか。眼の下に氷が刺さっているのになぜ生きていられたのか。

 しかし、ジュピターはまたもはぐらかす。いつか分かるの一点張り。ソル達は眠りに落ちるその瞬間まで釈然としないままでいた。


 

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