疑い

 夜が明け、馬車が走り出す。しばらく走ると、見晴らしのいい草原に出た。草むらの中を馬車が走る。街道からは大きく逸れているようだ。


「この辺りか?」


 馬車が徐々に速度を落とす。


「どうしたんですか?まだ昼ですよ?」

「この草原の先はまた森だ。そんなところじゃ出来ないからな。」


 ソル達はカリストの行動の意図が分からず、ぽかんとしている。よく見るとイオの引く馬車も止まり、荷台から何かを取り出している。


「どうした?降りてこいよ!」


 カリストに言われるがままに馬車から降りる。草が折れる音が足元からする。


「こんなところで何を?」

「何って、訓練に決まってるだろ。」


 カリストが剣を抜く。


「ちょ、ちょっと待って!私達戦えないって!」

「そんなことは百も承知さ。だから今イオが色々用意してるんだ。」


 すると、イオがいくつかの小さな道具を持ってソル達の元にやってきた。腕輪のようなものと、見慣れぬ形状をした小型のもの。


「それは一体?」

「説明する前に、お前達の戦い方を知りたい。剣か魔法か、白兵戦か遠距離戦か。」


 カリストから聞かれても、経験がないので答えられない。


「カリスト、誰しも戦うために生きてるわけじゃないのよ。」

「そりゃそうだけどな。」


 腕を組んで悩むカリスト。そんな時、マルスが手を挙げた。


「俺は剣だと思う。魔法とかよく分からないからさ!」

「確かに。」


 ヴィーナが笑いながら同意する。マルスは大雑把な性格があるので、繊細さを要求されるだろう魔法は出来ないだろう。


「じゃあ、私は魔法だと思う。」

「魔法とは一括りに言っても、近接型と遠距離型、それと支援型もあるわ。どれだと思う?」


 イオが尋ねる。ヴィーナは少し考えた後に「遠距離型」と答えた。マルスのように体力があるわけではない。支援型という道もあったが、ヴィーナ曰く、性に合わないだろうと。ヴィーナは行動的なところがある。誰かの行動を助けるよりも自分から行動する方が得意だと踏んだ。


「じゃあ僕は近接魔法だと思います。」


 次に答えたのはソル。


「剣ではなく?」

「動き回りながら上手く剣を振れる自信がないので。まあ、魔法も技術は必要だと思いますが、僕は魔法に憧れがあって。」

「憧れ?誰か魔法を使える人がいたのか?」


 カリストが訊く。ソルはその質問に何だか違和感を覚えたが、とりあえず答えようとルーナを見る。


「いたというか、ルーナが良く僕達が怪我した時にしてくれて。」


 その瞬間、イオとカリスト、二人の顔が強張った。ソルは自分が何か失言したかと戸惑ったが、どう考えても先程の言葉におかしな点があるとは思えない。

 抵抗者レジスターズ二人が顔を見合わせる。次の瞬間、カリストは剣を、イオは杖をルーナに向ける。きらりと反射する刀身を向けられたルーナは怯えてその場にかがみ込む。


「ちょっ、何してんだよ!?」


 マルスがルーナを庇うように前に出る。マルスとカリストがじっと睨み合う。鋭い眼光は後ろのルーナ諸共貫きそうだ。


「イオ、早計だと思うか?」

「分からないわ。でも、もし私達の推測が正しかった場合は取り返しのつかないことになるわ。」

「一体何なの!?魔法が使えることがそんなにおかしいの!?」


 ヴィーナの質問には答えない。二人はルーナを一瞥してソル達に問う。


「お前達は、魔法が何か知ってるのか?」

「え?知らないけど……」

「ルーナ以外に使った奴はいたか?」

「いなかったと思うぞ。それが何だってんだよ。」

「……魔法を使うには、道具が必要だ。」


 カリストの言葉にソル達も固まる。


「待ってよ!道具が必要って、ルーナは……」


 ルーナを上から下まで見てヴィーナが言う。誰がどう見ても、ルーナは道具と言える道具を身につけていない。


「そうだな。何も持っていない。だからおかしいんだよ。」

「でも、ジュピターは道具なしに魔法を使っていたじゃないか!」


 司祭に襲われた時のことを思い出してマルスが訊く。


「ジュピターは抵抗者レジスターズの中でも特殊な人間だ。俺達の中にはサジタリウスで“処置”を受けたことによって道具なしで魔法を使えるようになった奴もいる。だが、ルーナの場合は違うだろ。元々サジタリウスの人間ではない。となれば……」


 カリストが言い淀む。言いたくないのだろうが、どうしても続きが気になって、ソルが要求する。


「言ってください!」

「俺達は……ルーナが……」


 飛び出した言葉は衝撃的なものだった。


「フォルトゥナじゃないかと考えている。」


 一斉にルーナを見る。ルーナはひどく動揺して、青ざめた顔をしている。


「わ、私が……フォルトゥナ……」

「そんなことはない!」


 柄にもなくいきり立ってソルが強い口調で反論する。


「僕達は小さな頃からずっと一緒にいた!あんな怪物と同じわけがない!」

「そうよ!ただ魔法が使えるだけでフォルトゥナ扱いなんておかしい!」


 イオとカリストは顔を見合わせ、武器を収める。しかし、一度生まれた疑心はそう簡単に消えるわけでもなく、二人はいぶかしげな表情を崩さない。


「教えてよ。魔法って何なのよ?なんで道具が必要なの?どうして道具がなければフォルトゥナと疑われるの?」


 腰に差した杖、手に持つ小型の道具、そしてヴィーナの顔を順々に見て、イオが答える。


「魔法を使うにはこの小さな道具、“コブウィム”と対応した杖が必要。」

「その道具はどんなものなの?」

「簡単に言えば、コブウィムは私達の考えている光景を読み取るもの。杖はそれを現実に現すものよ。」


 ヴィーナは首を傾げている。今の説明じゃ伝わらないかと、もう少し噛み砕いた言い方で説明を試みる。


「貴方、料理をしたことはある?」

「院長の手伝いで何度か。」

「コブウィムは言うなればレシピ。杖は調理器具。魔法は出来上がった料理よ。」


 なんとなく道具の意義は分かってきた。ふと、ヴィーナはあることに気付く。


「食材がないんじゃない?」

「こんな時に揚げ足を取らない。まあ、もし食材にあたるものがあるとすれば、それは貴方達のよ。」


 少しずつ魔法を理解したような気になる。そのたとえで考えれば、ルーナの魔法は、野菜を加工せずに使った極上のサラダのようなものだ。そんなものが出来るわけがないというのは理解できる。


「つまり、魔法というのは頭の中の想像を具現化したものということですか?」


 ソルが自分なりに整理した解釈を口に出す。イオが頷く。


「でも、どうしてそれがフォルトゥナと結びつくんですか?」

「フォルトゥナにはコアがあるという話をしたでしょう?あのコアはフォルトゥナの生命の根源であると同時に魔法の根源でもあるの。つまりは、杖のような役割を果たしている。何も使わずに魔法が使えるということは、即ちコアがあるということ。」

「ジュピターはコア持ちってこと?じゃあ、ジュピターもフォルトゥナになるんじゃないの!?」

「フォルトゥナとは別物のコアなのよ。それは良いとして、問題はルーナ。貴方はサジタリウス出身ではないのにコアを持っている者と同じ特徴を持つ。そんなの、フォルトゥナしかいない。」


 冷たく言い切った。しかし、どうしても納得のいく話ではない。何かないのだろうか。ルーナの疑いを晴らせるものは!ソルは必死に考えた。その末に、ある事に気付いた。


「フォルトゥナは不死身なんですよね?だったら、ルーナは、運命を宣告されないはず!」


 確かに、とマルス達はイオの方を見る。イオは額に手を当て悩む。


「確かに、そうね……でも、どうしても上手い説明が見当たらないの。フォルトゥナであるという他に納得できる説明が……」


 カリストの方を見れば、こちらも腰に手を当てて困っている。真実が何なのか誰にも分からない。


「それはおいおい分かることだ。」


 いつから聞いていたのか、急にジュピターが口を挟んできた。


「おいおいって、師匠は知っているの?」

「断片的ではあるがな。」

「じゃあ教えてよ!」

「悪いが、これは抵抗者レジスターズの行く末を決めるかもしれぬ重要な秘密だ。いくらイオだろうと、外部から入ってきた人間に易々と教えられるものではない。」


 ソルはジュピターの発言がおかしく思えた。イオの呼び方からしてジュピターとイオはサジタリウスでの師弟だ。それなのに「外部」?

 今は突っ込むべきではないだろうと、その疑問は呑み込んだ。


「とにかく、ルーナはフォルトゥナない。安心しろ。」


 ジュピターのお墨付きに少し心が軽くなった。ルーナもほっとしている。抵抗者レジスターズの二人は、まだ溜飲が下がったわけではないだろうが、ジュピターがそう言うならとルーナへの疑いをしまいこんだ。


 しかし、フォルトゥナでないとしたら、一体ルーナは何なのだろう?謎は深まるばかりだった。

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