第2章 運命の嵐が吹き荒れる

惨劇明けて

 馬車に乗っている時間がいつもより長く感じた。重い空気が流れる車内は決して居心地の良いものではない。葬式のような雰囲気のまま馬車が止まった。工業都市「レオ」に到着したのだ。


 宿屋までの道のりでも誰も一言も発しなかった。イオは一切顔を見せず、他の皆もうつむきがちに街を歩いた。喪服でも着ていたら葬列として見られていただろう。


 宿に着くやいなや、イオは各々の部屋と施設の位置など最低限のことだけを無愛想に伝えると、自分の部屋へと入っていった。

 だが、誰もそれを責めたりはしない。ジュピターと過ごした時間が短い自分達でも、彼の死は心に大きな傷を残しているのだ。長く共に過ごしているイオの痛みは計り知れない。そう理解しているから、暫くの間イオを放っておくことしかできない。


 カリストは悩んでいた。この中なら自分が最も長くイオと共にいて、彼女を1番理解しているはずなのに、何をしてやればいいのか分からない。あまり干渉せずに、心が自然に癒えることを待つ方が良いのだろうか。それとも慰めの言葉をかけてやるべきか。判断できずにいた。


 その日は皆、心が沈んでいてとても何かをする気になんてなれなかった。宿の部屋に入り、ベッドに横たわることしかできなかった。



 夜、キュリーは1人窓から空を眺めていた。月は黒い雲に覆われ、ぽつんぽつんと立ち並ぶ街灯の光が闇を僅かに照らしている。悲しくて、寂しくて、どうしても涙が止まらない。静かに泣き続ける。きっと幼馴染は死んでしまった。瓦礫の下で生まれているに違いない。その苦しさを想像すると、一層涙が溢れてくる。


 誰かが扉をノックした。部屋に置かれた時計を見てみると、針は11時を指している。


「こんな時間に誰?」


 扉を開けるとルーナがいた。


「キュリーが心配で、どうしても眠れなくて。その、大丈夫?」


 遠慮がちにそう尋ねる。


「私は、大丈夫だから。心配しなくていいよ。」


 心配かけまいと何とか笑おうとする。だが、その作り笑いは簡単に見抜かれた。


「嘘だよね。私はキュリーとまだ出会ったばかりだから、キュリーのことはよく知らない。だけど、その言葉が嘘だってことは分かるよ。」


 ルーナの言葉に目が潤む。笑みは崩れて泣き顔が露わになる。膝から崩れ落ち、ルーナの服にしがみ付く。


「私、これからどうしたらいいの?帰る場所も、親しかった人も、何もかも失って!私は……」


 思いのたけをルーナに叫ぶ。周りの迷惑も考えられずに号泣する。寝ようとしていた宿泊客もなんだなんだと部屋を出た。


「キュリー、1度部屋に入ろう。」


 ルーナに促され、ベッドに腰掛ける。ルーナは机から椅子を引っ張り、キュリーの真向かいに座った。


「少し落ち着いた?」

「うん。」


 ルーナは優しい笑みを浮かべ、キュリーの話を静かに聞く。


「私、悔しい。大切な人を守れない私が、いざという時に頼りにならない私が不甲斐ふがいない。こんな残酷な運命、変えたいよ。」


 心の底から思っていることを吐き出した。


「ルーナ、私はどうすればいいんだろう。」

「キュリーは……」


 言いよどむ。まさか傷心しているキュリーに「一緒に戦おう」などと言えるわけがない。


「キュリーは何もしなくてもいい…-と思う。私が、私達が、その残酷な運命を変えてみせるから。」

「そんなの嫌だよ。私はルーナ達にそんな重荷を押し付けたくないよ。」


 その返事を聞いてルーナはとした。これでは、キュリーに言わせているようではないか。


「あの、その、キュリーが私達についてくる必要はないって言いたくって……」

「気遣ってくれてありがとう。でも、私は戦いたい。こんなに辛い思いをさせた相手が許せない。きっと今の私の感情は悲しみだけじゃない気がするの。怒りとかうらみとか、色々な負の感情が混ざり合っている。運命を変えたらこの感情が消えるかは分からない。それでも、運命を変えれば少しでも収まるんじゃないかなって。そう思ってる。」


 握りしめた拳を見て、決意を述べた。


「キュリー……」

「ルーナ、私も行くよ。皆が目指すところまで。必ず故郷を滅ぼした奴を、幼馴染を殺した奴を見つけ出して、敵討ちするの。」


 キュリーは勢いよく立ち上がり、ルーナに背を向けて部屋を出て行こうとした。イオに自分も参戦すると言いに行くのだ。


 扉がパタンと閉まり、部屋にルーナ1人が残される。ふと、机の上に目をやると、キュリーのものだろうか、ペンダントが置いてあった。中央の飾りが開閉式になっているようで、中を開けてみると中には1枚の“絵”が入っていた。まるで本物のように鮮明な“絵”。描かれているのはキュリーと思われる女性と赤髪の男性。ルーナは直感的にこの人が彼女の言う幼馴染なのだろうと理解した。


「あんまり中を見ない方が良かったかな。」


 見たことは秘密にしようと思って、ペンダントを丁寧に机の上に置いた。



 イオの部屋の扉をノックする。反応はない。聞こえていないのかと思って少し強めにノックする。それでも反応は返ってこない。おかしいと思ってドアノブに手をかけた。回してみると、鍵がかかっていない。


 部屋には明かりがついておらず、窓も閉め切られている。もぬけの殻だった。運ばれた荷物からは杖とコブウィムだけが抜き取られている。こんな夜遅くに一体どこへ行ったのだろう。


 部屋を出ると、カリストに会った。


「キュリー、こんな時間にどうした?」


 彼の見た目からは想像できない弱々しい声で問う。


「イオに用があって。」

「そうか。イオはいたか?」

「いいえ。」


 首を振って答えるキュリーに、カリストが落胆する。


「やっぱりか。」

「やっぱりって?」

「昼間から様子がおかしいとずっと思っていたんだ。何というか、すごく淡々としていて、いつものイオらしくないというか。」

「大切な人を失えば、誰しもそうなると思う。そんなにおかしいことなの?」

「そりゃ、ある程度はショックで感情が無くなることはあるだろうさ。だが、イオのはどちらかと言うと……無理矢理ジュピターを投影しているような、そんな感覚を覚えるんだ。」


 キュリーから目を逸らす。何故だか後ろめたい気持ちになる。


「私は皆よりもジュピターのことを知らない。会ったのもあの霧の日と街を出た日だけで、それだけじゃ今のイオと似ているっていう判断はつかない。でも、カリストがそう言うのなら、イオはきっと亡くしたジュピターの代わりになろうとしてるんじゃないかって思う。」

「そうだよな。それは分かってるんだよ。」

「だったらどうして放っておくの!?このままじゃ、きっとイオは自責の念に押し潰されちゃうよ!」

「だが、俺はどうすればいいのか分からねぇんだ。俺が何かすれば、却ってイオを傷つけてしまうんじゃねぇかって!それだったら、いっそ自然に心の傷が回復するのを待った方がいいんじゃないかって!」

「それじゃあ遅いよ!」


 2人の言い争いはエスカレートする。声もだんだん大きくなり、部屋から出てきたルーナに仲裁される。


「カリスト、私はあなた達の事情を知らないから、本当はあなたの言っていることが正しいのかもしれない。だけれど、私にはイオが助けを求めているように見えた。」


 キュリーは俯いてカリストの横を通り過ぎ、部屋の中へと入ってしまった。カリストとルーナが廊下に残る。


「私、イオはとても強い人だと思ってました。実際、イオはとても強いし。だから勝手に心も強いんだろうなって思ってたんです。でも、本当は、強く見せてるだけなんだと思います。」

「……ああ。」

「だから、カリストが支えになってあげた方がイオもきっと楽になると思います。」

「……どうして俺なんだ?」

「イオのことを1番分かっているのはカリストじゃないですか?」


 ルーナのその言葉を聞いて、カリストの口が僅かに開く。


「ああ、そうだな。」


 小声で呟くと、カリストは前を向き、宿の出口に向かって歩いていく。


「どこへ?」


 わかりきった質問をする。ルーナの顔は微笑ほほえんでいた。


「イオを探しに行く。必ず、元のイオを取り戻してくるさ。」

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