蝶の羽ばたきは嵐を生んだ

 ヴァルゴの光景は凄惨せいさんなものだった。大量の瓦礫はまるで巨大な竜巻が去っていった後のよう。間違いない、一等星の仕業だ。


 イオはそんなヴァルゴに自分の故郷を重ねてしまう。あの日のことはいっときも忘れたことはない。ずっと苦しみの中で生きてきた。気丈に振る舞っても消えることはなかった。脳が消すことを拒んでいた。脳に刻まれた苦痛が鮮明に蘇る。

「フォルトゥナァァァーーー!!!」

 叫ぶ。あの時感じた悲愴ひそう憤怒ふんぬに変え、あの時感じた恐怖を払う。もうあの時の弱い自分ではない!必ず殺す!フォルトゥナへの強い恨みが彼女の心を鮮血せんけつの色に染める。



 今から5年と47日前のこと。イオはオフィウクスという街で幸せに暮らしていた。

 街の学校に通い、友達と語り合い、家に帰れば優しい両親がいて、優秀な兄もいた。ハープも習っていた。先生は時には厳しいが、よく褒めてくれた。これ以上求めるものはなかった。満たされていた。


 15歳の時、教会に呼ばれた。「寿命宣告」だ。女の司祭が壇上に上がり、寿命が書かれていると思われる本を開いて一人一人名指しする。呼ばれた者は司祭の前に立ち、宣告を受ける。


 「イオ、貴方の寿命は42です。まだまだ先は長いですよ。」

「良かった。ありがとうございます。」


 次に友達が呼ばれた。


「貴方の寿命は23です。」

「えっ……」

「そこまで長くはありません。後悔せぬよう生きてください。」


 司祭が精一杯の励ましの言葉をかける。そんな言葉は友達に届きはしない。イオは友達を教会の外に連れ出し、思う存分泣かせた。オフィウクス一帯に友達の号泣は聞こえたという。



 全員の宣告が終わり、教会内は司祭だけが取り残された状態になる。オフィウクスを訪れていたジュピターは虎視眈々こしたんたんとフォルトゥナを殺す機会を狙っていた。この時のジュピターは浅はかだった。優秀な自分の実力を過信していて、すぐに片付くと思っていた。誰かに見られる可能性を考慮していなかったし、見つかっても何とかなると思ってしまっていた。だからジュピターは教会を襲撃場所に選んだ。その方がフォルトゥナに会うには確実だからだ。そして実行した。


「な、何ですか!?貴方は!」

「フォルトゥナを殺す者だ!」


 腐ってもフォルトゥナ、簡単に殺されるわけではない。不意をついた攻撃は避けられた。フォルトゥナ【アンカア】は炎魔法に特化していた。教会が火事になることをいとわず、ジュピターに応戦する。しかし、ジュピターの方が実力が上だった。

 抵抗は虚しく、数発炎の弾丸を放った後に胸を貫かれた。ジュピターは仕事を終えたので、すぐに立ち去ろうとした。だが、非常に運が悪かった。先ほど司祭から宣告を受けた少年少女数人が教会に戻ってきたのだ。

 彼らはジュピターがアンカアを殺す瞬間を見てしまった。ジュピターは弁明しようと彼らを引き止めようとするも、彼らにとってジュピターは「司祭」を殺した「殺人鬼」。「フォルトゥナ」を殺した「英雄」ではない。

 ジュピターが手を伸ばすと、怯える声を一瞬出して、すぐさま教会から逃げ出した。


「まずい!」


 しかしこのまま追いかけたところでジュピターは子供を狙う誘拐犯か何かに間違えられるに違いない。保安官が子供達の戯言ざれごとだと聞き流してくれる可能性に賭けて、教会を去った。


 結論から言えば、ジュピターは賭けに負けた。保安官達は少年少女のあまりの焦り様を見てただ事ではないと判断した。彼らの記憶を元にジュピターの顔を描き、オフィウクス全土に指名手配をかけた。これを知ったのは当時ジュピターと共に行動していた仲間達だ。彼らはジュピターの失態を聞いた後、彼に街を出歩くことを避けるよう言い、自分達は街に買い出しに来ていた。そこでジュピターのことと思われる司祭殺しの話を耳にしたのだ。



 この指名手配の影響を受けたのは抵抗者達だけではない。フォルトゥナ達も大きな混乱に陥っていた。


「一体何が起きているんだ!」

「オフィウクス全土で運命のゆがみを観測!恐らくアンカアが殺されたことがきっかけ!」

「スピカ!ラプラス様は何と言っているんだ!」

「ここまで広がってしまっては収拾がつきませんわね。やむを得ません。オフィウクスを“無かったこと”にします。」

「何を言っているの?無かったことにするって、冗談じゃない!そんなことをすれば余計歪みが広まるだけでしょう?一夜にして1つの街が滅びれば、それこそ世界が混乱する!」

「一度オフィウクスを破滅させた後に再構築します。オフィウクスは天災で滅んだことにでもすればいいのです。」

「生き残りがいた場合、そうはならんぞ。」

「ですから生存者を残してはいけません。確実にオフィウクスの住人を全滅させます。」

「一等星総出で出陣すべきか?」

「いいえ。そんなことをすれば、天災という言い訳が使えなくなります。このような作業が得意な一等星がいるではありませんか。今回の件は【アークトゥルス】に任せましょう。」



 ジュピター達は宿に泊まるのは危険と考え、オフィウクスの街の外にある見晴らしのいい草原で野宿をしていた。日は完全に落ちて、空には星の明かりだけがポツポツと輝いている。

 火をいて晩飯を食べていると、大きな足音が聞こえてきた。彼らは瞬時に魔物だと認識し、戦闘の準備をする。しかし、だんだん音が近づくにつれ、違和感を覚える。どうも足音が1つではなさそうなのだ。一部の音がズレている。数秒の間でもかなりの数のズレが生じている。1匹や2匹ではない。10匹以上の群れなんじゃないかと、最悪の事態を想定していた。

 現実は想定を遥かに凌駕りょうがする「災厄」だった。


 草原を大量の魔物が横切る。竜型の魔物、鳥型の魔物、虫型の魔物、狼型の魔物、猫型の魔物、とにかくたくさんの種類の、数え切れないほどの魔物が群れをなしてジュピター達の前に現れた。


「何だよ、あれ!」

「あんな数、私達じゃ対処しきれない……」

「ひ、怯むな!攻撃しろ!」


 必死に攻撃を浴びせる。何匹かの魔物を倒したものの、そんなもの集団にとっては大木の細枝が折れた程度の些細ささいなダメージ。

 大地を鳴らしながら向かってくる魔物にその場の全員が諦めた。しかし、魔物達は彼らに目もくれず、土煙をあげて彼らの横を通り過ぎた。


「え?僕達、助かったの?」

「ど、どういうことだ?」

「待って!あっちって確か!」


 魔物達が目指していた場所に、仲間の女がいち早く気付いた。オフィウクスだ。魔物達は皆オフィウクスの門を目指していた。


 オフィウクスの住人もその異常さには気付いていた。街の雑踏を掻き消すほどの足音が聞こえる。円形の街の全方面から魔物の群れが押し寄せる。

 最初に街に侵入したのは鳥型の魔物だった。兵達が放つ弓の攻撃など意に介さず、街の中心地を目指して飛んでいく。中心に着くと、街の人々達を蹂躙じゅうりんし始める。頭から食われた者がいた。足で掴まれて高所から落とされる者もいた。30を超える鳥型の魔物は数百という住人を殺した。人々は逃げ惑う。街を彩っていた歓談の声が、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄へと変わった。

 そして、陥落の時が来た。門を破って地上を走る魔物が侵入したのだ。煉瓦れんがの建物をいとも簡単に破壊し、逃げ惑う群衆を踏み潰す。この街の中に逃げ場などなかった。


 イオは必死に逃げた。働きに出ていた父は帰ってこない。きっと魔物にやられたんだ。母は兄とイオを連れて街からの脱出を試みたが、途中で鳥型の魔物に連れ去られてしまった。残った2人は上空の監視者に見つからないように街の路地裏に入り、そこから出口を目指した。途中で偶然親友に会った。彼女も家族を失って命からがら逃げてきたのだ。


 走って、走って、そして門が見えた。魔物が通りにいないことを確かめる。黒い空に点々と輝く星を頼りに、上空に魔物の影がないことを確認する。安全が確認できた。やった!脱出できる。門を出ればあとは全力で走るだけだ!そう思っていた。


「やっぱり逃げきれる人間はいたのね。見張っていたのは正解だったわ。」


 門の出口にいたのは、不気味な白い仮面を身につけた謎の女。後ろには数匹の魔物を引き連れていた。間違いない。この魔物の群れを統率していたのはこの女だ。どういう方法かは知らないが、とにかく危険な人物であることは確か。


「さあ、可愛い可愛い魔物達よ。目の前の3人を殺しなさい。」


 魔物が襲いかかる、まず盾になった兄が殺された。2人を後ろに下げ、弱々しい魔法で必死に抵抗した。だが、そんなものは呆気なく魔物に食われた。

 次に殺されたのは親友だった。後ろに下がった時に、背後に待機していた魔物によって殺された。踏み潰される前にイオを前に飛ばした。そんなものは無意味だとわかっていたのに、反射のようなものだった。

 そしていよいよイオが殺される番となる。


「可哀想ね。一緒に潰されればよかったものを。」


 巨大な竜が足を上げた。ああ、もう終わりだな。


 その足は届かなかった。青年が寸前に魔物を切り裂き、横転させた。白銀の長髪、イオはその特徴からお尋ね者であると分かったが、恐怖のあまり驚きの声すら出せない。


「貴方、強いのね。まさかアンカアを殺したお尋ね者っていうのは貴方のことかしら?」


 アークトゥルスが右手で頰を押さえながら、品定めをするかのようにジュピターを凝視する。


「そうだ。お前がこの地獄を作った張本人だな。」

「ええ。私は【アークトゥルス】。一等星の第13位よ。」

「名前も序列も聞いていない。」

「お仲間はいないのかしら?」

「彼らは街の魔物を掃討している。いずれ増援も来る。」

「でも殺された人間は戻ってこないわよ?」

「お前を殺して彼らの無念を晴らす。」

「元凶が何をいっているのだか。」


 アークトゥルスの言葉にジュピターの眉が動く。確かにこれはジュピターの不注意で起きた結果ではある。しかし、それがアークトゥルスの殺戮を正当化する理由にはならない。


 ジュピターが天に手を掲げると、空から無数の雷が落ちる。周囲の魔物が一掃される。アークトゥルスは鳥型の魔物を頭上に待機させていたため食らわなかったようだが。


「その程度、私には無意味よ。」


 アークトゥルスは手から鎖を放ち、ジュピターを拘束する。


「ぐっ……」

「苦しそうね。でも良いわ、その表情。でも大丈夫。すぐに殺してあげる。あなたのお仲間もすぐに送ってあげるから。」


 恍惚こうこつとした表情、なまめかしい声。アークトゥルスのサディズムが表出する。

 ジュピターは苦痛に耐え、魔法を繰り出す。生み出した刃で鎖を断つ。すかさず火炎の弾をアークトゥルスに放つ。


「だから効かないって。」


 アークトゥルスには傷どころか埃一つ付かなかった。一等星の実力にジュピターの心が折れかける。それでも何とか対抗手段はないかとアークトゥルスの猛攻を耐える。しばらくすると、希望の声が聞こえた。


「ジュピター!」

「応援に来たぞ!」


 増援が到着したのだ。大量の魔物ということもあり、増援に来たのは抵抗者の中でも指折りの実力者達。


「あらあら。これでは多勢に無勢ね。」


 瞬時に彼らの実力を見抜いたアークトゥルスは控えていた魔物に襲わせる。魔物が片付く頃には姿を消していた。



 街は酷い有様だった。大量の瓦礫がれきおびただしい死体。後から分かったことだが、オフィウクスに住んでいた5万人のうちのほぼ全員が殺され、生き残ったのは僅か数十人だった。その全てが魔物に襲われる直前に抵抗者によって救われた者達だった。

 彼らは抵抗者の本拠地で保護される運びとなった。アークトゥルスは生き残りを始末するつもりで門に陣取っていた。そのため、彼らは今後も「運命が歪んだ存在」として狙われ続けるだろう。そう予測したためだ。


 あの凄惨な一夜が明けて、生き残りは抵抗者と共にオフィウクスを去った。皆悲しみに暮れていて、車の中はすすり泣く声で満たされていた。


 本拠地に着いて車を降りる。イオは足を止めてジュピターに言った。


「私を戦いに連れてって。」


 その言葉にジュピターは硬直する。


「何を馬鹿なことを言っているんだ?お前はオフィウクスの生き残りだ!いつ命を奪われるかもわからない状況で……」

「わかってるわよそんなこと!」


 がらにもなく大声で叫ぶ。


「でも!私の兄さんを、親友を殺したあいつを絶対に許さない!私が!この手で!必ずあいつを殺す!」


 強い意志をジュピターにぶつける。悲しみを怒りに変えて、あふれかけた涙をこらえて、強く叫ぶ。


 あの日誓った。必ずあのフォルトゥナ【アークトゥルス】に復讐すると。そのために強くなった。



 そして現在、ヴァルゴで再びオフィウクスのような惨状を見ている。怒りに支配された心はフォルトゥナを探す。カリストは生存者を捜していたが、イオは瓦礫には目もくれずに、ヴァルゴの跡地を歩いて行く。これが【アークトゥルス】の所業かはわからない。だが、犯人がフォルトゥナであることは確か。復讐のために、ヴァルゴを滅ぼしたフォルトゥナを探す。まだ遠くに行ってはいないと信じて。



「酷い有様だな。」

「フォルトゥナの仕業ですか?」

「恐らく。」


 ジュピターは瓦礫の下を捜すカリストに状況を聞く。


「おかしい。」

「何がおかしいんだ。」

「辺りを捜しても生存者どころか死体一つ見つからない。」

「まさか、元から人が住んでいなかったとでも言うのか?」

「そういうのじゃないんだろうけどな。だが、何かおかしいぞ、この村。」


 ジュピターは辺りを見回してイオを捜す。しかし、見つからない。


「カリスト、イオはどこにいるか分かるか?」

「いや、知らないな。だが、村に着いてから少し様子がおかしかったな。」


 カリストの言葉にジュピターは強く反応する。


「どうおかしかったんだ!」

「え?多分フォルトゥナ関連だろうな。最初に着いた時に叫んでいたし。」

「まさか!」


 ジュピターが走り出す。カリストはどこへ行くんだと困惑する。後を追いかけようとも思ったが、生存者の捜索が優先事項だと考えて、何もしなかった。



 ヴァルゴの奥にたたずむ人影。黒装束の男。そして彼に近づくもう1人。イオだった。


「お前1人か?」


 男が問う。誰かを待ち構えていたかのような口ぶりだ。


「私1人だけよ。」

「お前は誰だ?」

「イオ。貴方を殺す人間よ。」

「身の程知らずだな。俺が誰とも知らずに。」

「どうでもいい。私はアークトゥルスを殺すために戦う。貴方を殺してアークトゥルスも殺す。」


 その言葉を聞いて男が吹き出す。


「アークトゥルスを殺す?ふははっ!笑わせるな。それならば尚更なおさら俺のことを知らなくてはならない。」

「どういう意味よ?」

「一等星には序列があることは知っているな?」

「さあ。」

「アークトゥルスは何位だと思う?」

「知らないわ。」

「アークトゥルスの序列は10位だ。」

「……まさか!」

「俺は【アルタイル】。序列【4位】の一等星だ。」


 目の前の敵はアークトゥルスより遥かに格上のフォルトゥナ。オフィウクスより規模の小さい村だから、アークトゥルスより上位のフォルトゥナが襲来しているとは思っていなかった。

 しかし、それでもひるみはしない。私なら勝てる。そう自分に言い聞かせ、魔法を展開する。巨大な水の弾に大量の氷の刃、さらに大地も操りアルタイルと戦う。


「この程度の攻撃で勝てるとは思っていないだろうな?」


 土煙を突っ切ってアルタイルが現れる。


「そ、そんな……有り得ないわ。」


 アルタイルは空を飛んでいた。鳥の羽を背に携えたその姿は、どこかの神話に出てくる神のよう。

 軽い物体の浮遊であれば大した魔法ではない。しかし人間ほどの重さを空高く浮遊させることは不可能だ。コブウィムを通じたイメージの限界に達してしまう。

 これが人智を超えた一等星の魔法。「コブウィムを使わない」魔法の極致。


「今度はこちらの番だな。」


 アルタイルの背後に無数の光の輪が現れる。


「な、何よ……あれ……」


 アルタイルが手を翳すと、その輪の中心から光が放射される。無数の光がイオ目掛けて直進する。


「そんな……」


 イオは絶望して立ち尽くす。もはやこれまでか、そう思った時だった。


「馬鹿者が!」


 ジュピターがイオを突き飛ばす。光線は地面に焼け跡を作る。


「一等星はお前1人でどうにかなる相手ではない!」

「に、兄さん!」

「その呼び名はもう止めろ。2度も兄を失うのは辛いだろう。」


 ジュピターのその言い方に、イオはジュピターの覚悟を読み取った。


「まさか、死ぬ気!?」

「こいつは私が抑えなければならない。お前はすぐに全員を連れて逃げるんだ!」

「どうして!?私はまた置いていかれるの!?家族も親友も失って、師匠まで失うの!?」

「お前にはもう仲間がいる。出来のいい弟子だっている。だから行け!お前が守るべきものがもうあるんだ!」


 躊躇ちゅうちょした。ジュピター1人に任せるわけにはいかない。だからといってこのままでは2人とも死ぬ。2人が死ねば必然的に他の仲間も死ぬ。

 イオは涙を流してその場から駆け出した。そうするしかなかった。


「話は済んだか?」

「待ってくれるとは、随分と余裕だな、フォルトゥナ。」

「最後くらいは悔いのないようにさせてやりたいだろう?」

「ふん、慈悲があるのかないのかわからんな!」


 両者が臨戦態勢に入る。先に攻撃を仕掛けたのはジュピターだ。魔法で竜巻を起こす。鳥型の魔物を落とすために生み出した魔法。さらに、雷の魔法も加え、アルタイルを狙う。しかし、アルタイルは金属片を体の周りに浮かせ、雷の軌道を逸らす。また、巧みな飛行技術を披露するアルタイルは、竜巻に巻き込まれることもなかった。


 次にジュピターは火や水、石などの大小様々な魔法弾を生み出して、アルタイルの狙撃を試みる。しかし、どれもアルタイルの速さの前では無意味だった。


 ならばと思い、大地を隆起させ足場を作る。身体強化の魔法をかけて、足場を伝って、アルタイルに接近する。魔法で鉄剣を生み出すと、それを右手に構え、アルタイルに切りかかる。


「この俺に白兵戦を挑むのか?」


 アルタイルは羽で剣を受け止める。鋼鉄の剣をものともしない頑強がんきょうな羽。勢いよくジュピターを突き飛ばす。


 アルタイルが反撃に転じる。先ほどの光輪に加え、大量の羽がアルタイルの背後に出現する。羽は陽の光に照らされてきらきらと輝いている。

 ジュピターはその美しさについ見惚みとれてしまう。そして、それが最期に見た景色となった。




 息を切らして戻ってきたイオに何があったのかと不安げに尋ねる。


「すぐに馬車に!」

「え?いやでもジュピターが……」

「早く!」


 尋常でない様子から何かまずいことが起きたことを察したカリスト達は、その指示に従い馬車に急いで乗り込む。イオとカリストが手綱を引くと馬が走り出す。段々とヴァルゴが遠ざかる。


「イオ、何があったか後で説明してもらうからな!」

 後続を運転するカリストがイオに届くように大声で言う。返答はなかった。

 ルーナは涙を流すイオを見た。ジュピターがいないことからも考えて、ジュピターに何かあったに違いないと思ったが、今は追及しないことにした。


 運命の歯車は動き出した。そのズレが修正されることはない。もう、後戻りなどできないのだ。

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