罪の意識

 夜の街を走る。まばらな街灯の光が流れ星のように視界の横を通り過ぎる。


 イオが行くとしたらどこだろうか。ジュピターになろうとしているなら間違いなく強くなるための何かをしているに違いない。訓練場はこの時間空いていないから、恐らくは街の外。街の門までは走っても20分以上はかかる。疲れても足を動かすことは止めない。


 門番にイオが通っていないかを確認する。


「銀髪の女?ああ、通ったな。」

「本当か!いつ通った?」

「確か1時間以上は前だったはずだ。」


 1時間ともなれば、街からはだいぶ離れた場所にいるかもしれない。


「もう1つ聞きたいことがある。この周辺でよく魔物が現れる場所はあるか?」

「魔物?そもそもここの周辺は魔物が少ない穏やかな土地さ。強いて言うなら30分くらい歩いた先にある森だろうな。」

「道に沿って歩けば着くか?」

「途中の分岐を左に曲がれば着くが……まさかお前さん、こんな時間に森に入る気か!? やめとけ、やめとけ!あまりに危険だ!」


 だが、門番の忠告には耳を貸さず、カリストは走り出した。離れていくカリスト、門番は声を張り上げて何か言っていたが、暫くすると諦めたのか、その声は聞こえなくなった。



 月明かりを頼りに草原に敷かれた道を駆け抜けていく。風が草を揺らす音がカリストを包む。夜空の下、たった1人で、大切な仲間を取り戻すために走る。

 何分走っただろうか、目の前に木々が生い茂る森が見えてきた。あれが門番の言っていた森だろうか。すると、森の中から天に放たれた炎の柱が見えた。間違いない、イオの魔法だ。木々のざわめきと共に魔法が着弾する音が聞こえる。カリストは暗い森の中へと消えていった。



 イオは3匹の魔物を相手に戦っていた。鋼鉄の球を繋いだ体を持つ蛇、電撃を放つ金属の蝶、全身が黒く染まった狼の3匹がイオを襲う。


 蛇が地面に潜ると同時に狼が牙をいて襲ってきた。後ろは避けたイオを蝶の魔物が狙う。羽の四隅につけられた電極から胸部の電極にエネルギーが集められる。そして電撃が放たれた。イオは土の壁で電気を防ぐが、安心していられるのも束の間。地面が盛り上がり、地中から蛇が顔を出した。


 だが、イオは表情ひとつ変えない。焦りも何も感じさせない。蛇の頭に向かって魔法を放つ。火の球が星屑ほしくずのように降り注ぎ、蛇に着弾して爆裂する。蛇の巨体が倒れ、土煙が巻き起こった。まだ僅かに動く蛇にイオが追い打ちをかける。蛇の中心部を爆発する。それは完全に動かなくなった。


 落ちたイオ。すぐさま狼が大きな口を開けて食らいつこうとする。イオは杖を軽く振り、氷の刃で狼を貫いた。狼の身体は氷と同じ方向へ飛ばされた。そのまま木に激突し、狼も死んだ。


 残った蝶は言葉に表せない奇妙な鳴き声を上げ、再び電撃を放とうとする。イオは虚ろな目を蝶に向け、直後、大量の水の弾を生成した。水を浴びた蝶は、煙を上げて地面に落ちた。胸部に鉄の塊を落として粉砕し、完全に機能を止めた。


 しかしイオは何も納得していない。ジュピターならこんな魔物、数秒あればだろう。


「もっと、もっと私は強くならないと……」


 イオは森の中を歩き続ける。壊れた心は彼女に何を求めるのか。何も分からない。考える余裕さえない。ただ1つだけ、心が訴えていることがある。強くならなければならない、と。それだけを頼りに森を闊歩かっぽする魔物達と夜もすがら戦い続ける。


 強さを求めているイオに呼応するかのように、1つの強大な敵が彼女の前に現れた。


 赤色に輝く目、サイのような角を頭部に生やし、全身を金属の鎧で覆った四足歩行の魔物。


「スファーギ……こんな魔物がのね……」


 スファーギは最も危険な魔物の1つである。この世で最も多くの人間を殺した魔物とも言われる。胴体に仕込まれた大量の魔法の“杖”で人々を襲うのだ。


《Found the target of attack.》


 スファーギはイオの姿を視認すると、謎の言語と共に鎧を展開し戦闘形態に入る。

 スファーギの強さは抵抗者達ですら見つけたらすぐに逃げろと言われるほどである。そんな相手に1人で挑むのは無謀というものだ。しかしイオは逃げない。


「ジュピターなら、スファーギも退けられるわ……そうに違いない……」


 スファーギの先制攻撃。青白い光線がイオの足元を狙う。逃げながら何発も魔法を撃つ。だが、スファーギの鋼鉄の装甲を貫通するほどの威力ではない。


 スファーギの攻撃は絶え間なく降り注ぐ。火球、氷片、電撃、光線、暴風など攻撃の幅も広い。まさしくスファーギはだ。人々を蹂躙じゅうりんするためだけに生み出された存在。

 しかしイオは戦い続ける。諦めないなどという崇高な意思ではない。ただ、自分がジュピターになるためだけに戦うのだ。


 スファーギの足元から火柱を立てる。右の前脚を破壊した。体の破損と共にスファーギの攻撃はさらに苛烈になる。


 荒れ狂う嵐は木々をぎ倒し、地面の草を焼く熱線と降り注ぐ氷片。息つく暇もない。だが、イオに疲れは見えない。冷酷にスファーギを攻撃し続ける。スファーギもまた、与えられた使命のために無心に目の前の対象を殺しにかかる。


 イオが高く跳んだ。スファーギの頭がゆっくりと上を向く。夜空に向かって伸びるスファーギの“杖”。光線が放たれた。同時にイオも巨大な氷柱を生成し、スファーギの“心臓”目掛けて落とした。氷柱は光線を押し返し、“心臓”を貫いた。スファーギの目に宿っていた光が失われる。


 しかし、イオは既にボロボロだった。身も心も壊れかけていた。


「私は……ジュピターの代わりにならないと……」


 疲れ果てた体にむちを打ち、立ち上がって森の奥へと進もうとする。しかし、何者かが彼女を止めた。


「カリスト……」

「馬鹿じゃねぇの?こんなボロボロになるまで戦ってさ。」

「なぜここに……」

「お前を連れ戻すために決まっているだろうが!」


 イオの手を掴み、彼女を連れ戻そうとする。


「朝までには戻る。今連れて行かなくてもいいでしょう……」

「お前このまま死ぬ気か!?」

「私は死なない……」

「その身体でか?今にも壊れそうだってのに。」


 その言葉にイオが反駁する。


「壊れ?違う!私は元から壊れている!オフィウクスが滅亡したあの時から、私の心はうに壊れている!今更なのよ!」


 息が荒いイオ。対して冷静なカリスト。木々のざわめきの後、カリストが口を開いた。


「俺は、イオの心が壊れていたようには見えなかった。そりゃ、故郷が滅んだことを思い出して辛くなった時はあるだろうよ。だが、それと心が壊れた状態ってのは、きっと別物だ。頼れる人がいない、辛さを吐き出せる人がいないってところでさ。」

「辛さを吐き出す?そんなのただ慰めてもらいたいだけじゃない。自分は悪くないって言い聞かせてほしいだけじゃない。そんなもの私にはあってはならない。ジュピターが死んだのは私のせい!私が勝手な行動をしたからよ!」


 責任感が強い彼女らしい考えではあった。しかし、カリストはそれを認めたくはない。ある1つの残酷な話を聞かせる。


「お前は、オフィウクスが襲われた理由を何だと思っている?」

「知らないわ。」

「あのきっかけはジュピターだ。」


 イオが絶句する。あまりに衝撃的な事実だったので、手に持っていた杖を落としてしまった。


「ジュピターがオフィウクスのフォルトゥナをたおす時に街の人間に見つかっちまったんだ。」

「嘘よ。そんな失敗、兄さんが、ジュピターがするわけがない。」


 自分を励ますための嘘であると思いたかった。自分の中での理想像が崩れ去る前に嘘だと言ってほしかった。だが、思い出せばアークトゥルスは「元凶」と言っていた。カリストの真剣な顔。どう考えても、これは事実だった。


「勿論、わざとやったわけじゃない。だが、ジュピターの不注意は少なからずあった。」

「そんな……」

「ジュピターもずっと罪の意識に苛まれていたんだろうな。だからイオを生かすために身代わりになった。罪滅ぼしのためってのもあったんだと思う。」


 イオは俯いて涙を流す。


「ジュピターはオフィウクスから帰ってきた後、死に物狂いで努力していたさ。だが、とても苦しそうだった。今のイオも同じだ。」

「そうよ。二度と同じ過ちを繰り返さないように私は強くならないといけないの。だからその手を離して……」

「1人で強くなろうとするのか?そんなことじゃ、同じ過ちを繰り返すだけじゃねぇか!ジュピターの失敗も、お前の失敗も、どちらも1人で突っ走った結果だろ!」


 イオは何も言い返せなくなった。


「お前がすべきは皆と共に強くなることだろ!勝手に1人で戦おうとするな!仲間がいるんだ!仲間を頼れよ!」


 カリストの叫びが森の中に木霊する。その声によるものだろうか、魔物が数匹集まってきた。


「こんな私でもついてきてくれると思う?」


 杖を拾いながらイオが問う。


「当たり前だろ。」


 剣を抜き、自信を持ってカリストが答える。

 次の日、森では激戦の跡と大量の魔物の残骸が発見されたという。



 朝、イオは皆を集めて話をする。


「私は皆が思っているより強くない。不甲斐ないリーダーだけれど、それでも、信じてついてきてほしい。」


 頭を下げる。


「勿論です。」


 最初に言ったのはルーナだった。


「仲間を大切に思っているイオが不甲斐ないわけないです。皆、イオだからついていきたいって思ってますよ。」


 他の皆も頷く。


「ありがとう。」


 イオは涙を拭いながら、そう感謝した。


「さあ、早く訓練を再開しよう!僕達も強くならないと。」

「そうだな!訓練場はどこにあるんだ?」

「全く、男2人組は……」


 はやる気持ちを抑えられない男2人に呆れたように笑うヴィーナ。そのやり取りで場の雰囲気はなごみ、イオも笑っていた。カリストはそんなイオの様子を見て、安堵したのだった。

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