新たな魔法を

 イオの決意表明から一夜明け、レオでの訓練が始まった。フォルトゥナの調査はイオとカリストが交代で行い、調査をしない方が指導を行うという方法で訓練を行うことになった。


 そんな中、ソルは悩んでいた。マルスもヴィーナも確実に上達してきている。2人とも二等星相手ならそれなりに戦えるだろう。

 ルーナはアルファルド戦での功績がある。その時の記憶は曖昧だと言っているが、潜在的な才能はヴィーナを遥かに上回っている。その才能が開花すれば、きっと一等星に勝る力を得るだろう。

 しかしソルはどうか。体力はマルスに劣っているし、魔法の威力も上がらない。魔法は才能が物を言う世界、ソルは努力の限界を感じていた。いや、違う。これはきっと「才能」を言い訳にしているだけだ。そう思って、ソルは誰よりも早く訓練場に行くようになった。


 朝、誰よりも早く起きて、レオの街の訓練場へ宿から走って向かった。せめて体力だけでもつけようと思って始めたソルの日課である。訓練場に着く頃には首や額から汗を流していた。

 手に提げていたコブウィムを装着し、腕を伸ばす。杖を前に向け、その先に氷を生み出すイメージを頭に浮かべる。数秒経つと、三日月型の氷の刃が生成された。しかし、ソルは魔法を長く保つことができない。生み出した刃は数十秒も持たずにバラバラに砕けてしまった。


「氷魔法は向いていないのかな。」


 ボソッと呟いた。次に試そうとしたのは火の魔法。火を生み出すイメージを段々と掴んできて、小さいながら灯すことができるようになった。


 近接魔法においては、抽象的なイメージと具体的なイメージという2つの難しさが存在する。

 前者は魔法全般に言えることだ。魔法は無から有を生み出すというものではない。イオの言ったことをそのまま表すのならば「本来別の所にあるものを魔法によって無理矢理出現させる」ということらしい。そして、抽象の難しさというのは「本来別の所にあるもの」を「出現させる」ための移動である。イメージさえすればコブウィムが勝手にそれを移動してくれるが、そのイメージが難しいものがあるということだ。

 一方、後者は一部の魔法特有のものだ。例えば氷や金属、回復魔法もこれに入る。どのような形を作るか、どのように治すのか、これらは具体的でないといけない。丸まった刃では敵を切ることなど不可能だ。遠距離魔法は速さのイメージがあればいいので、形はどうでもいい。丸だろうが四角だろうが、速さがあれば威力は十分強くなる。

 火の魔法などは形というものが存在しないといえるから、具体的なイメージよりも抽象的なイメージが重視される。一度火がつけば後は燃え上がるだけだ。そこに形の具体性は必要ない。


 ソルはどうやら抽象的なイメージをする方が得意なようだ。具体的なイメージが長く保てないと言い換えていい。だから、火の魔法を使えるようになれば彼は遥かに腕を上げるだろう。もっとも、得意というのは相対的な話であるが。


「あら、随分と早いのね。」


 イオが訓練場に入ってきた。


「僕は魔法がまだ上手くないので。」

「魔法がすぐに上達するわけがないでしょう。あれは一朝一夕でどうにかなるものではないわ。焦るなとは言わないけれど、自分ができる範囲で精一杯やりなさい。」

「……少し相談がありまして。」


 イオに、イメージを長く保つことが難しいと相談してみる。


「要するに、具体的な形を造る魔法は苦手と言いたいのね。」

「はい。」

「なるほど。イメージの持続というのは確かに難しいところがあるわ。だけれど、避けては通れない道よ。」

「はい。」

「でも、早く前線に出られるようになってもらった方が良いのも確か。そうね、じゃあ今は貴方の得意を信じることにしましょうか。イメージは難しいけれど、持続性が必要ない新しい魔法を教えるわ。」

「それはどのような……」


 ソルが聞こうとすると、

「ただし、そのためにはまず火の魔法を使いこなせるようにすること。」

と釘を刺された。


「火の魔法と何か関係があるのですか?」

「そういうのではないけれどね。私が教えようとしている魔法は火の魔法の後にやった方がきっとやりやすいわ。」

「一体何の魔法ですか?」

「まあ、隠す必要もないかしら。私が教えようとしているのは、“空気”を操る魔法よ。」

「“空気”?それってこの、僕達が吸っているこの空気ですか?」

「そう。それを強い勢いで移動させることで敵を飛ばすの。」

「そんなことできるんですか?」

「とりあえず、この魔法について考えるのは後にして火の魔法を上達させなさい。」


 イオは強引に会話を終わらせ、直前に訓練場に入ってきたルーナとヴィーナの元へ歩いていった。



 それからソルはとにかく鍛錬を積んだ。イオから与えられた4つの魔法の段階を課題とし、丸1日それに費やしたこともあった。その段階とは、1つ目に物を燃やす魔法、2つ目に火を激しくする魔法、3つ目に空気を操って燃やす魔法、4つ目に空気を操って炎を動かす魔法である。

 火のイメージを鮮明にするために、まきを使って火を観察した。また、レオの図書館の蔵書から火について解説した本を見つけ、1日かけて読み終えた。

 この翌日、まずは第1段階、物を燃やす魔法から始めた。訓練場に置かれていた薪を頂いて、魔法の練習を始めた。薪が燃え上がるイメージは観察によって得ている。

 3日経つ頃には、物を燃やす魔法はかなり上達した。そして第2段階、炎を激しくする魔法の練習に取り掛かる。イオは炎を燃やすためにも空気が必要であり、空気の量が増えれば炎は激しさを増すと言った。つまり、この段階で「空気を操る魔法」に触れることになる。1週間かけて空気を動かすイメージを掴み、この魔法の練習を終えた。

 第2段階を終えると、今まで苦戦していた第3段階がうんと楽に感じた。「空気」のイメージさえ掴めてしまえば、それを燃やすイメージを掴むのにそう時間はかからなかった。

 そして第4段階、燃やしている空気を動かすイメージというより、火を燃え移らせるイメージで「炎を動かす」ことをやってみせた。ここに到達するまでに2週間ほどの時間がかかった。



 いよいよ“空気”を操る魔法を教わることになった。イオが100m以上距離がある的に向かって腕を伸ばす。少し風が吹いたかと思うと、的は大きな音を立てて吹き飛んだ。


「これが空気を操る魔法よ。」

「うわぁ。」


 思わず声が出てしまう。少し引いてしまった。まさかここまで強力な魔法だとは思っていなかったから。


「この魔法は相手の骨を折ることくらい容易たやすいでしょうね。」

「それを使いこなせるようになれ、と。」

「フォルトゥナは骨を折れたくらいでは死なないわ。すぐに回復される。貴方に求めるのはコアを壊せるほどの威力よ。」

「今の威力だと足りないんですか?」

「いいえ。近接として使うなら、この距離で的が壊せる威力があればコアは壊せるわ。だけれど、すぐに貴方が威力を高められるとは思わない。しばらくは味方のサポートのための使い方をしなさい。」

「サポート?」

「まずは使えるようにならないと始まらない。さあ、やり方を教えるわ。」


 イオが示したやり方は言葉で説明すると単純なもので、空気を圧縮し放つという方法。空気を一点に集め、それを任意の方向に向けて撃つ。

 この魔法を応用すると、足元に空気を集め、下に向けて放つことで、足場がない空中でも跳ぶこともできる。優れた魔法だ。その分「集める」イメージが難しいのだが。


 しかし、ソルにはこのイメージができる。火の魔法の第2段階、炎を激しくするには空気を炎に「集める」必要がある。

 しかし、そこからが問題で、集めた空気を弾として放つことができない。イオに聞くと、集めた空気は1秒も経たないうちに霧散するのが普通だと。つまり、空気の弾が分解する前に的に当てられる技術が不可欠であるということだ。集めた直後に放ち、弾速も一定数必要。火の魔法以上に長い時間をかける必要がありそうだ。


 1ヶ月かけて、ようやく30m先の的に跡をつけられる程度に上達した。


「まあ、それくらいできるようになれば実戦に使えると思うわ。もっとも、かなり近付かなければ効果は薄いけれど。」

「肝心の実戦はどうなんですか?もう1ヶ月半は経ってますよ。」

「まだ掴めていないわ。レオのフォルトゥナはアルファルド以上に用心深いようね。」


 フォルトゥナについて話していると、丁度良いタイミングでカリストが情報を持ってきた。


「イオ、報告だ!ソルもいたのか、まあ良い。フォルトゥナが次に現れると予測される日がある。」


 カリストが見せた新聞には「レオ最大のフェスティバル」という見出しで、5日後に行われる祭りを取り上げた記事があった。


「司祭は例年、この祭りの次の日に宣告を行うらしい。」

「であれば、現れるのは6日後かしら?」

「もしかしたら祭りにも顔を出すかもしれない。どちらにせよ、1週間以内に決着はつけられる。」

「能力はわかっているの?」

「いや、その情報は掴めていない。だが、話を聞いたところ、女のフォルトゥナのようだ。」


 ソルは2人の話を横で聞いていた。祭りの日までに、少しでもフォルトゥナに対抗できる力を得たいと、そう思うのだった。

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