絶望を乗り越える
部屋の中は暗く、イオは机に突っ伏している。
「イオ……」
「……何の用?」
ぶっきらぼうに質問する。早く出て行ってくれと言わんばかりの態度である。
「辛い……よな。」
気まずい空気の中、答えになっていない答えを返してしまう。
「貴方は辛くないの?」
「それはジュピターの死に関してか?」
「そう。」
「……そりゃ、辛いさ。お前の感じている辛さはそれだけじゃなさそうだが。」
イオの言葉が途切れる。
「私は……」
「言うだけでも気分が楽になるんじゃないか?」
「私は、気分が楽になってはいけない!ずっと兄さんを、ジュピターを殺してしまったこの罪悪感を持っていなきゃいけない!」
「なぜ?」
「それは……」
「……忘れないためよ。愚かな自分の行動を。」
「そのためにはずっと苦しむ必要があるのか?」
「……あるわ。私の行動でジュピターが死んだのは事実!私がジュピターを殺したんだ!」
声を荒らげる。カリストの救いの糸には手を伸ばさず、苦しみの中にいなければいけない。そんな考えが彼女の脳を支配する。
カリストが視線を横へ逸らす。
「お前は……」
一息おく。そして、イオの方に視線を戻し、
「本当に馬鹿だよな!」
と、叱るような口調で言い放つ。
「はぁ?」
まさかそんな言われ方をすると思っていなかったイオは
「それが落ち込んでいる人間にかける言葉?」
と
「事実じゃないか!」
売り言葉に買い言葉。怒号が飛び交う。
「貴方は本当に無神経ね!慰め方とか知らないでしょ!」
「知らねぇさ!だが、お前がそんなんじゃこれから先、フォルトゥナとまともに戦えねぇだろ!」
「だからって、言い方があるでしょう!」
「ずっと自分を苦しめ続けようとするお前を馬鹿以外の言葉で表現できないだろうが!」
「罪悪感を捨てろっていうの?」
「捨てろとは言わないがな、勝手に自分だけが悪いと思い込むんじゃない!」
止まらない。言いたいことが全部吐き出せそうな気がした。
「ジュピターを殺したのはあくまでもフォルトゥナだ、お前じゃない。お前が間接的な原因になったのは確かかもしれない。自分勝手に突き進んだことは反省すべきことだろう!だがな、何でもかんでも自分のせいにしようとするのはおかしい!お前がいようがいなかろうが、アルタイルの襲撃は変わらないし、恐らくアルタイルはジュピターを殺した!」
「そんなものは過去を都合よく解釈したものにすぎない!私が見ているのは事実。貴方はそれから目を逸らしている!」
「事実を見ているとすれば、全責任を背負おうとするのは尚更おかしい!」
息が切れるほど激しく言い争う。
「だったら、私はどうすればいいのよ……」
涙を浮かべ、泣きそうになりながら誰にともなく問いかける。
「私は、こうすることでしか罪を償えない。
「自らを苦しめることでそれが成せると思うな。本当に罪を償うつもりなら、ジュピターの願いを、フォルトゥナを全滅させるという願いを叶えてやるんだ。そうでなきゃ、死んだジュピターに顔向けできないだろうが。」
落ち着いた声で語りかける。
「何もジュピターの死を肯定的に捉えろとは言わない。だが、ジュピターの死を無駄にはするな。俺達は助けられた立場。フォルトゥナを討ち、必ず生きて戦いを終えるんだ。」
カリストの顔を見上げる。決意が顔に表れていた。
「俺1人じゃ限界がある。俺の横にはイオがいないと駄目だ。お前がいなけりゃ俺は生きて戦い抜くことなんかできやしない。だから、もう1度共に戦ってくれ。」
カリストがイオの方へ手を伸ばす。
イオは少し
そんなイオを見たカリストは、
「俺が死ぬと思ってるのか?」
と尋ね、答えを聞く前に続けて、
「安心しろ。俺はお前を置いて死にやしない。ジュピターの二の舞を演じるつもりなんてさらさらない。」
と誓いのようなものを立てる。
自然と手が伸びた。根拠は何一つない。だけれど、カリストの言葉を信じてみたくなったのだ。
イオはカリストの手を取り、そして
「先に死んだら、一生恨むわ。」
と、か弱い声で言った。
「そうはさせねぇけどな。」
少し笑みを浮かべて、そう返した。
頃合いを見計らい、キュリーがイオの部屋をノックする。扉が開くと、数歩進んで声を発する。
「あの……」
「旅に連れて行ってほしい、そう言いたいのね。」
黙って
「ひとつ約束して。」
「はい。」
「死なないでね。」
「勿論そのつもり。」
カリストがキュリーの横を通り過ぎる。キャリーもその後に部屋を出ようとすると、イオに止められた。
「このままこの部屋で、皆に話したいことがあるの。」
「私は貴方達のリーダーになる自信がない。」
開口一番にイオがそう言った。
「ジュピターが死んで、私は絶望の中にいた。カリストがいなかったら、きっと私は立ち直れていなかったと思う。フォルトゥナを倒すって決めたのに、本当
自信がなさそうに目線を下げてしまう。しかしそれでは駄目だと、すぐに目線を戻して仲間の目を確と見る。
「私はまだ完全には立ち直れていない。でも、前に進むと決めた。私は絶望を乗り越えてフォルトゥナを必ず討伐すると決めた。だから、私を信じてついてきてほしい。」
ソル達はその言葉を静かに聞いていた。
「私はイオが不甲斐ないだなんて思ってないです。」
最初に口を開いたのはルーナだった。イオの前まで進んで優しい口調で語る。
「仲間が亡くなって落ち込むのは当たり前です。そうでない人がいたとしたら、その人は薄情です。悲しみは愛情の裏返しですよ。仲間を大切に思っているからこそ悲しむことができるんです。だから、私はイオを信じます。」
イオの手を握る。優しさと強さを併せ持った眼差しをイオに送る。
「僕もルーナと同意見です。ジュピターはきっとイオに未来を、フォルトゥナを全滅させるという夢を託したんだと思います。だからイオじゃないと新しいリーダーは務まりません。」
「そうだよな。生かされた俺達は思いを遂げたいよな。でなきゃ、何のために戦ってるかわかんなくなる。」
ソルとマルスが続けて言う。しかし、ヴィーナだけは納得いかないという表情を浮かべていた。
「どうしたんだ、ヴィーナ?」
マルスが問うと、少し言いづらそうに答える。
「ジュピターが私達に希望を託したっていうのはわかるの。だけれど、私達は彼の死を美談にしてはいけない気がする。ジュピターの死はあくまでも“死”であって、悲しいもの。そこからは目を逸らしてはならないと思う。だって、目を逸らせば、自己犠牲が正当化されてしったような気がするから。」
その言葉を聞いてマルスははっとした。
「私はこれから先誰も死なないようにするためにも、この絶望を忘れてはならない気がする。二度と味わいたくないっていうこの感情は、きっと私達の危機回避に役立つし、役立てなければならないんじゃないかって。」
「そうね。私だって一生忘れたりしない。」
イオが再び穏やかな、しかし端々に強さを感じられる口調で話し始める。
「私達の目標はこれ以上犠牲を生まずに旅を完遂させる事。ヴィーナの言うことは正しいわ。ジュピターの死は美談として語ってはいけない。これは忌むべき犠牲である、と。カリストも、ジュピターの死を希望にする必要はないって言っていた。だけれど同時に無駄にはするなとも言った。ヴィーナ、きっと貴方の意見こそカリストの言いたいことなんじゃないかしら?」
そう言ってカリストの方に視線を送る。カリストは黙って頷いた。
「ジュピターの死は希望ではなく絶望。それは一生変わらない。だけれど、その絶望を乗り越えた先にきっと私達の望む未来がある。だから私達は酷なことだけれどジュピターの死を踏み台にして、今目の前にある絶望を乗り越えなければならないと、私はそう思うの。」
静かであるが、力強い。
「イオはあくまでもジュピターの死には否定的だと?」
「ええ。あってはならなかったことよ。でも起きてしまった。過去に戻ってやり直すことはできないの。だから私達は受け入れるしかない。」
「わかりました。私もしっかりと受け止めます。二度と悲しい犠牲を生まないために。」
「ありがとう。」
皆、未来へ進もうとしている。しかしフォルトゥナの魔の手は彼らに着実に近づいていた。
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