第二章 運命の守護者

惨劇明けて

 長い馬車旅だった。いや、実際には大して長くはなかったのだが、重い空気は時間の進む感覚を遅くした。そして、ソル達は次の街「レオ」に到着した。


 馬車を降りて街を歩く。ライブラとはまた違う、工業に特化した街。ソル達にとっては目新しいもののはずだが、街の風景など見ている余裕はなかった。誰も一言も喋らない。重苦しい空気が市民達には悟られない程度に彼らの周囲を漂っている。ややうつむいて宿への道を進む。


「荷物を持って部屋へ行って。」

 イオらしくない冷淡な口調でソル達に命令する。気の利いたことなんて言えず、ただ黙って従うしかできない。


 カリストは、憔悴しょうすいしきっているイオにどうにかしてやれないかと思っていた。しかし、長く一緒にいるというのに何をすべきかわからず、悶々もんもんとする。

 「ジュピターは死んだんだ」と率直に言うか?それではイオが余計に心を閉ざしてしまうことになりかねない。1度ならず2度も目の前で兄を殺されたイオの心の闇は深い。

 では、「無理をするな」とでも言うべきか?イオは少々頑固なところがある。ジュピターがいくら危険だと諭してもフォルトゥナとの戦いに身を投じたくらいだ。かえって無理をさせてしまうのではないか?


「どうすればいいんだろうな……」


 独りでぼそっとつぶやいた。

 カリストもカリストで、ジュピターの死のショックはあった。しかし、悲しいかな、すぐに受け入れることができた。今まで何度も仲間が死にゆく様を見てきたから。


「ジュピター、お前ならどう声をかける?どうすれば、人の死を乗り越えさせられる?」


 居やしない故人に問いかける。「乗り越える」などという行為は、人の死の冒涜ぼうとくかもしれない。何も亡くなった人を忘れろと考えているわけではないのだ。しかしいつまでも哀悼あいとうという足枷あしかせめているわけにもいかないのだ。彼らはフォルトゥナを滅亡させるために戦わなくてはならない。戦いに人の死は付きものなのだ。


 頭をきながらカリストも自分の部屋へ戻る。しばらくの間は訓練などを考えることはないだろう。少なくとも皆の心の傷がえるまでは。


 キュリーが部屋に入る。一応客人であるため、与えられたのは広々とした2人用の部屋。そこを1人で使うことになった。

 扉を閉めるやいなや泣き崩れる。ヴァルゴは滅んだ。家族も友人も失った。幼馴染も勿論。街では泣かないようにこらえていた。1人になった途端、堤防が決壊するかのように涙があふれ出した。一晩中、涙がれるまで泣き続けた。


 ルーナはキュリーを心配していた。一晩中眠れなかった。夜に扉の前に立つと泣く声が聞こえてくる。入りたい気持ちを抑えて、扉の前でじっと待つ。キュリーの悲哀が伝わる。ルーナの目にも涙が浮かんできた。一度も会ったことのない人々、一度も見たことのない街。愛着も何もないけれど、あの凄惨な光景を見ると心が痛まずにはいられない。フォルトゥナが許せない。1人でも不幸になる人を減らしたい。今までより一層思いが強くなる。



 気が付くと朝日が差し込んでいる。その頃にはキュリーは悲哀ではない新たな感情、怒りを覚えていた。悲しみは怒りに変貌する。イオがそうだったように、キュリーもまたフォルトゥナへの怒りを感じていたのだろう。


 部屋の扉を勢いよく開く。扉が、寝ずに部屋の前で座っていたルーナに直撃する。


「いったぁ……」

「え?ルーナ!?なんで?」

「ごめん。キュリーが心配で……」


 キュリーはすぐに慌て顔から神妙な面持ちに切り替える。そして涙をぬぐって宣言する。


「私も、フォルトゥナ討伐についていく。」

「え!?」


 ルーナは唖然あぜんとする。まさかキュリーがそんなことを言うとは思っていなかったのだ。


「ダメだよ!」

「どうして?」

「だって危険だから!」

「じゃあルーナは!?」

「私は……自分の運命が少しだから。」

「自分のことじゃなければ戦っちゃダメなの!?」


 ジュピターとイオのやり取りを彷彿ほうふつとさせる押し問答。キュリーの意志は固かった。言い返すことができなくなって、ルーナは簡単に折れてしまった。


「イオに直接言ってくる。」


 そう言い残して、ルーナの元を去る。



 イオの扉の前に立ち、数回ノックをする。「入りなさい」という声が聞こえる。キュリーは入るやいなやイオにさっきルーナに放ったものと同じ宣言を繰り返す。


「貴方が?さっきまで泣き腫らしていた少女がいきなり戦線に出る?馬鹿なことを言わないで。」

「でもアルファルドの時は……」

「あの時は貴方の命がかかっていたから!でも、今は違う。貴方はもう私達に関わるべきではない。」

「ヴァルゴの皆のかたきを取るために!」

「仇を取る?そんな簡単に言うな!どれだけ私がそれを望んでいることか!どれだけ私がそのために努力したか!どれだけ私が現実に絶望したか!貴方はそれを知らない。」


 キュリーの胸ぐらを掴んでまくし立てる。キュリーを自分と重ね合わせる。あの時の苦痛の最中さなかにいた自分と。怒りに任せて無謀なことを宣言した自分と。

 アルタイルとの一件で実力を認識してしまった。手も足も出なかった。才能の限界を観測してしまった。アークトゥルスさえ倒せるかわからない実力であるというのに、自分より格下の少女がアルタイルに復讐する?そんな馬鹿な話があるわけがないとイオは一蹴する。実際は、ただただ現実から目を背けたいだけなのだ。超えられない「フォルトゥナ」と「人間」という種族間の壁を。彼らの人智を超える魔法に敵うわけがないという現実から。


 イオの怒りの矛先はキュリーではない。過去の自分なのだ。だからこそ、それに似たキュリーに八つ当たりのようなものをしてしまう。はっとなって、掴んでいた腕を離す。


「もう一度よく考え直しなさい。話はそれからよ。」


 そう言い放ち、そのままキュリーの方へ振り返ることはなかった。キュリーは今の状態では聞き入れてはもらえないだろうと、大人しく部屋から出ていった。

 部屋を出た先でカリストに会う。


「イオに何か用でもあったのか?」


 神妙な面持ちのカリスト。声はいつもより数段小さく、イオに気を遣っていることがわかる。


「私も、旅に連れて行ってほしいと。」

「今のあいつは聞いちゃくれないだろうな。兄貴分のジュピターが死んで参ってるんだ。」


 悲しそうな表情を浮かべる。


「イオにはジュピターを死に追いやってしまったという罪悪感があるんだ。だから、ジュピターの代わりになって仲間の命とか計画の責任とかを背負おうとしているんだろうな。誰にも頼らず独りでな。だけれど、どんなに頑張ったってイオはジュピターのようなリーダーにはなれない。」

「どうして?ジュピターもイオも仲間思いな人に見えるけど。」

「ジュピターは5年前に一度失敗したんだ。自分の勝手な行動で街1つを滅ぼした。それ以来、自分を犠牲に行動してきたんだ。イオを庇った理由もきっとそれだろうな。」

「そんな様子なかったけど。」

「そりゃ、悟られるわけにはいかないだろうな。ジュピターとイオの1番大きな違いは、それを隠せるかだ。イオを見てわかっただろう。2人共、自分の勝手な行動で街だの仲間だのを滅ぼしちまった経験がある。その罪悪感にさいなまれているのも同じ。でも、イオはそれを封じ込めることができなかった。自分の中だけに抑えられなかったってわけだ。」


 日は傾き、通路の奥から入ってくる光が少なくなる。宿の廊下にはまだ灯りがついていない。イオの心に呼応したかのような暗がりがキュリーとカリストを包み込む。


「カリストは、イオをどうしたいの?」

「そりゃあ、救えることなら救ってやりたいさ。だが、俺じゃどうにかできないような気がしてな。」

「私はカリストじゃなきゃ出来ないことだと思う。私もルーナ達もイオと長く一緒にいるわけじゃない。イオがどんな性格なのかもよく知らない。でもカリストは長くいるじゃない。」

「……そうだな。」


 キュリーの言葉に背中を押され、カリストが寄りかかっていた壁から離れる。そして扉を3回ノックし、イオの部屋に入る。キュリーは「頑張って」と心の中でカリストを応援した。

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