運命の歪み

「後ろ!バレてるぞ!」


 実践訓練が始まって3日経った。魔物相手の1回目の戦いを終えた4人は、次は知能を持つ相手との戦い方を学んでいる。


「横から狙うのもバレバレだ!」

「正面から直線で撃ってどうするつもりかしら?軌道が手に取るようにわかる。防御魔法も必要ないわ。」


 実力差があるといえど、1メートルの距離にも近づけない。イオの絶え間ない魔法攻撃と近づこうとすれば確実に喰らうカリストの斬撃。イオの魔法は数が10個以下に抑えられているし、カリストも足に重りをつけていて、かなり弱体化しているはずなのだが、ソル達にとっては難攻不落の要塞と化している。


 一度4人が集まって、作戦を立てようとする。しかし、そうしようとすればイオから集中的な攻撃を受けるので、すぐに散らされてしまう。


「戦闘中に相談なんかしてる暇はないわ!相手が何をしようとしているのか、それを読み取りなさい!」


 自分の身を守るのに必死で、視線すらろくに合わせられない。そんな状況下で相手の思考なんてわかるわけがない。


 ヴィーナの魔法が降り注ぐ。もろちん、それらはイオによって防がれる。その間に、とマルスがカリストを攻撃するが、こちらもまた通らない。


 しかし、1つだけ通った攻撃があった。ソルの放った魔法だった。探知されない限界のところから放った中距離の魔法。近距離用の魔法を無理やり伸ばした形。そのため、威力はそこまで大したものではなかった。だが、それが隙を作った。

 一瞬、カリストが後ろを振り向いた。その隙を逃さずマルスが模造刀を振る。反応が遅れ、防ぎ方が粗雑になってしまう。ソルは一気に差を詰めて、カリストの後ろについた。



 結局のところ、それはイオの手によって妨害されてしまった。イオはソルが近づくのに気付くと早々にヴィーナに反撃し、戦闘から離脱させ、ソルの妨害へと転向した。


「ソルの隠密は中々のものだったな。」

「カリスト、貴方さえ油断しなければ……」


 呆れた顔をする。カリストは申し訳なさそうに頭を掻いた。


「まあ、相手が実力者2人なら隙を生むのは難しいでしょうね。貴方達だけなら勝てないわ。」


 イオの歯に衣着せぬ発言に皆うつむく。


「そう落ち込むな。そんな時のための俺達なんだ。ま、お前達のもいつかは威力が上がるさ。気長に鍛錬を続けろよ。」

「はい。」

「明日からは基礎的な訓練に戻すわ。威力の向上のための訓練に。この街での訓練はあと1週間。それが終わったら次の街に行くわ。」

「この街のフォルトゥナはどうするの?」

「ここのフォルトゥナは何かと用心深いのよ。ジュピターの調べだと、貴方達の訓練が終わる日に公立学園の学園祭があるらしいわ。毎年司祭も顔を出すとか。そこを狙うわ。」

「学祭に?僕達が行くんですか?」

「まさか。乗り込んで殺したりなんかしたら、お尋ね者になるさ。後をつけるか、おびき寄せるかだな。」


 刻一刻と近付く脅威。4人は少しおののいた。大都市には上位の二等星が就くとジュピター達は言った。スコーピオンの司祭ですら勝算がなかったというのに、更に強力な奴と出会うというのか。


「我々がついている限り、フォルトゥナに殺させはしない。それとも、またあのような化け物に出くわすのではないかと怯えているのか?」


 フォルトゥナの情報を集めていたジュピターが宿屋に戻るなり4人に話しかける。


「あれは土をまとうことで自身を強化する形を取っていた。だが、大抵のフォルトゥナはそんなことはしない。各々に特殊な魔法があり、それを駆使した攻撃をする。」

「戻ってきたということは何か見つかったのか?」


 カリストが問いかけると、ジュピターは1部の新聞紙を見せてきた。


「1882年10月2日(水)

昨晩、服飾店の女性従業員がライブラ7番街03通りにて何者かに殺害された。ライブラ警察の発表によれば、目立った外傷はなく、殺害方法は毒によるものであると考えられており……」


「この記事は?」

「ライブラ新聞社が配っていた、昨晩の殺人事件についての記事だ。」

「兄さん、フォルトゥナについて調べるんじゃなかったの?」

「私はこれがフォルトゥナの仕業ではないかと考えている。」


 4人だけでない。他の2人も言葉が出ずにいた。彼らの認識ではフォルトゥナは特別な理由がない限り人を殺さない。奴等は運命に従うのだ。その運命がゆがむような行動を取ったことがない。


「いやいや、寿命が来ただけかもしれないだろう?」

「職場で聞き込んだところ、彼女の寿命はまだ20年近くあった。」

「どうなっているの?なんでフォルトゥナが運命を変えるようなことを!?」

「何か、奴等にとって不測の事態が起きて運命を変えざるをえなかった。そう考えるのが自然だろうな。お前達も何か知らないか?」


 ジュピターの質問に3人が首を振る。1人だけ、記事をじっと見て顔を動かさない人がいた。ルーナだ。


「ルーナ、何か知っているのか?」

「この女性が勤めていたところは?」

「塔広場の近くの百貨店だ。」


 ルーナは女性に関して髪型、年齢、体型など、身元を特定できるいくつかの質問をした。段々と顔が青ざめていく。

 そんなはずはない。有り得るわけがない。そう思いたかった。だが、現実はそう簡単には否定できない。


「私の服を選んでくれた人です……」


 そこにいた全員が絶句する。誰もが偶然だと思いたかった。しかし、ルーナの異常性を考えると、ある1つの疑念が生まれる。


「まさか、ルーナに関わったせいだとか、言わないですよね?」


 震える声でジュピターを見る。ジュピターはソルの顔は見ず、ただルーナの方に視線を向けている。


「でも、それならルーナと長いこと関わっている私達は狙われてないわ!」

「単なる偶然じゃないのか!?」


 先輩2人が抗議する。抵抗者3人は黙ったままだ。沈黙がとても長く感じた。それこそ、ルーナのフォルトゥナ疑惑が出た時よりもずっと。


「今はまだわからん。私達に被害が及んでいないことを考えれば、確かに偶然に過ぎないという可能性はある。しかし、何かしら運命が歪む引き金があったはずだ。そうでなければ、フォルトゥナのこの不可解な行動の意味がつかない。」


 ルーナには1つ懸念があった。キュリーのことだ。もしもフォルトゥナが運命外の「殺人」をした理由がルーナにあるのならば、それに関わった人が殺されるのならば、次の標的となる可能性が最も高いのはキュリーだ。

 彼女はライブラの住人。ライブラのフォルトゥナが彼女を呼び出せば、確実に彼女は向かうだろう。ルーナはキュリーの保護をジュピター達に頼み込んだ。



「どうして、私が呼ばれたの?」


 寮にかかってきた電話を受けてキュリーが宿へとやってきた。とりあえず宿までの道中で襲われていないことに安堵する。


「事情を説明すると、少し難しいことになるんだけど……」

「聞かない方がいい?」

「……うん。」


 キュリーは何かを察したのか、追及はしなかった。キュリーはルーナとヴィーナの泊まる部屋にかくまわれることになった。


「これは早急にフォルトゥナを見つけ出す必要がありそうだな。」

「ライブラのフォルトゥナ、どんな特徴かわかったんですか?」

「ああ。名は【アルファルド】。アステリズムは【うみへび】。」

「“アステリズム”?それは一体?」

「奴等の固有の能力のようなものだ。より正確には能力予想と言えるものだが。」

「じゃあ“うみへび”はどんな能力なんだ?」

「恐らく語源は海の蛇、であれば水魔法だと考えている。」

「それ以上詳しいことは?」

「わからん。具体的な能力は実際に見ないとわからんな。【アルファルド】のデータは過去にない。比較的新しいフォルトゥナだろうな。」

「それでいて、ライブラのような大都市を任せられるフォルトゥナ、一体どんな奴なのよ……」



 翌朝、ルーナが目を覚ますと隣にはヴィーナと、もう1人、キュリーがいた。フォルトゥナは宿へはやってこなかったようだ。

 良かったと胸を撫で下ろす。もっとも根源を倒すまでは気を休めるわけにはいかないのだが。


 下では先に起きていたソルや夜の番をしてくれていた抵抗者3人が待っていた。


「ちょうど良いところに来たな。」

「ちょうど良い?」

「これから、フォルトゥナに対して攻撃を仕掛ける。」

「えっ!?」


 耳を疑う。「これから」「攻撃」?「明日から」ではなく?「準備」ではなく?


「どうしてですか?」

「昨晩、我々が起きている間に再び殺人が起きた。新聞にはまだ載っていないが、手口は全く同じだ。」


 今回殺されたのは宿の最寄り駅に勤める駅員だった。目立った外傷はなく、警察は毒殺であると考えた。


「ルーナ、貴方駅に行ったことは?」

「ないです。」

「我々の予想では駅員が殺された理由は前回殺された店員だと考えている。」

「え!?」

「駅長が話した。最後に店員の姿を見た日、店員はその駅員に荷物の運搬を頼んでいたと。」

「それだけで?」

「そうだ。我々の予想では、運命の歪みは波及する。」


 信じられない話だ。ルーナが関わった1人の店員がその運命を歪められ、ルーナとは何ら関係のない駅員が店員によって運命が歪められた。

 その話が正しければ、駅員と関わった人がまたどこかで殺される。


「これが急を要している理由だ。今は毎晩だが、駅員は多くの人間と関わる。服屋の店員よりも遥かに多くの人間とだ。このままでは、白昼堂々殺人を起こされることになりかねない。ライブラの路地裏は人目につかない絶好の殺害スポットだからな。」


 落ち着きつつも端々に怒りを感じる声でジュピターが話す。


「お前達は宿で待っていろ。」

「え!?」


 ソルとルーナが同時に反応する。


「お前達はまだ十分に戦えない。それに、キュリーを守らねばならないだろう。」

「それはそうかもしれないですが……」

「だったら私が行く!」


 いつの間に目を覚ましたキュリーが階段を降りながら宣言した。


「私の命が狙われているのなら、私自身が倒せばいい!」

「待て!君のような一般人を我々の任務に同行させるなど……」

「私だって戦闘用の魔法は使える!それに命を狙われているのなら一般人じゃない!関係者よ!」


 強い口調でジュピターの言葉を遮る。勢いに押されたか、ジュピターは渋々キュリーの参戦を許可した。彼がキュリーの実力を認めていることもあるのだろう。


 こうなると、ソル達を宿に置いている理由が無くなった。ジュピター達の本心は「今のソル達は戦闘において足手纏いになりかねない」というものだった。しかし、狙いがルーナの関係者であればソル達も対象。実力のない彼らを残すわけにはいかない。フォルトゥナが襲撃した時に太刀打ちできないだろう。そのため、ソル達には遠くで自分達の防御に専念しているように言いつけた。


「フォルトゥナの場所は?」

「わからん。だが、司祭として来ているのならば庁舎の周辺だろう。」


 フォルトゥナ【アルファルド】討伐作戦が始まった。

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