強者とその闇

「あれが研究者塔!高さはなんと200mもあるの!」


 視界に収まりきらない巨大な塔をキュリーが指差す。青い空と灰色の鉄が同時に映る。スコーピオン村の風車とは比にならない大きさで、前に見たにも関わらず、恐怖に近い感情を抱く。


 塔から北に少し歩く。車が絶えず横を走り抜け、遠くで汽車の走る音がする。しばらく歩いた先には角の曲がった4階建ての建物があった。


「次はあの建物!ライブラの中でも一番大きい百貨店でね、可愛い服がたくさんあるの!」

「行ってみたい!」


 中は買い物客で一杯だった。1階は服飾店が並んでいた。服屋、靴屋、帽子屋。ブランド店ではなく、庶民用の店。

 服屋に立ち寄ってルーナに合いそうな服を探す。


「これとか似合うんじゃない?」


 キュリーが選んだのは薄いピンク色のワンピース。言われるがままに試着室へ入り、そのワンピースに店員が勧めた同色の帽子を合わせてかぶってみる。

 試着室から出るとキュリーから似合う似合うと褒められる。ルーナの長い紫の髪と白い肌がピンクの服・帽子に合わさる。店員からも好評だった。


「買ってあげるよ!」

「え?さすがに悪いよ。」

「良いの!だってルーナ、この前からほとんど服が変わっている感じしないもん。」

「だとしても、私の物だし私が払うよ。」

「うーん。じゃあ、出世払いで。」


 キュリーが財布から銀貨2枚を取り出して払う。帽子と服を袋に詰めて、買い物を続ける。


 2階は生活雑貨の売り場だった。食器や家具の店が並ぶ。奥の方には書店があった。


「少し本を見てもいい?」

「もちろん。ルーナってどんな本が好きなの?」

「昔ソルが私に物語を読んでくれたの。院長の知り合いのお爺さんが持ってきてくれた一冊の本を。孤児院の皆は本よりも外で遊ぶ方が好きだったけど。」

「なんていう本なの?」

「何だったかな。確か、『イソルダ童話』とかだったかな。」

「あぁ!その童話なら私も知ってるよ。結構有名でね、確か200年前くらいに作られたって。」

「そうなんだ。」

「多分この本屋にもあるよ。探してみる?」

「いや、今日はいいかな。旅の途中に読んでる暇ないと思うし。」

「あ、そっか。」


 ルーナはあくまで旅の途中に立ち寄ったに過ぎない。それを思い出してキュリーは少し寂しさを感じる。


「旅が終わったら、また会おうね。」

「今それを言うの?まだ3週間はこの街にいるって。」

「じゃあ、それまで楽しい思い出つくろう?」

「もちろん!」


 百貨店を出ると日は傾き、空は茜色あかねいろに染まっていた。


「宿まで送るよ。」

「え?いいよ、そんなことしたら暗くなっちゃう。」

「ルーナを1人で帰らせたくないから。顔がいいから変な人に襲われちゃうよ。」

「私よりもキュリーの方が可愛いよ。」

「ありがとう。でも、私強いから。」


 嬉しそうに、そして冗談めかして答える。力の片鱗を見せるかのように、右手を出し、その上に小さな水の塊を作ってみせた。


 予想通り、宿に着く頃には完全に日は落ち、ガス灯と街のあかりのみが輝いていた。


「本当に大丈夫?」

「うん!」

「もし良かったら、僕らが送るよ?僕とマルスなら襲われても何とかなるだろうし。」

「それはありがたい話なんだろうけど、やめておく。明日も訓練なんでしょ?寮までそれなりに時間かかるから、2人が寝る時間、遅くなっちゃうよ。」


 最後まで不安は残ったが、キュリーがかたくなに拒むので、気をつけて、と一言だけ言って宿へと入っていった。



 いくら夜がないと言われるライブラの街といえども、夜の街には危険が潜む。特に昼間でさえ薄暗い路地裏は魔の巣窟。暴漢や盗人は当たり前、乞食や浮浪者がたむろするライブラの裏側。


 まともな人間であれば近づこうともしない。路地裏に1人、女の影。キュリーだった。なぜキュリーが路地裏を通るのか、理由は単純。その方が近道だから。


「おい、嬢ちゃん。君のような可愛い子がどうしてこんな時間にここをほっついてるんだ?」


 案の定、柄の悪い大男に絡まれ、仲間だろうか、それとも同じ餌を狙うだけの獣か、周りにも似たような男が数人。


「なあ、俺たちと遊ぼうじゃねぇか。良いだろ?ここに来たってことはそういうことなんだからさ。」

「私には触れない方がいいよ。」

「あ?」


 次の瞬間、暴漢が吹っ飛んだ。周りの人間は誰も状況を理解できていない。


「いってぇな。何すんだよ!」


 容赦なく襲いかかる拳。彼女はそれを受け流し、肘で暴漢を叩きのめした。


「や、やべぇよ。」

「何なんだよ、あの女!」


 傍観者達は大男が若い女の返り討ちに遭う様を見て、すぐに逃げ出した。


「さて、寮に帰らなくちゃ。寮長に叱られる。あ、汚れも落とさなくちゃ。」


 何事もなかったかのように歩き出す。以降ライブラの裏に住む者達の間で、「暴漢殺しの少女」の噂が流れ、「若い女に手を出すな」という忠告が広がることとなった。




 訓練が始まって3週間、いよいよ実践的な訓練を行うこととなった。

 イオに連れられてやってきたのは、ライブラの北方に広がるヴァルゴ森林。決して巨大ではないが、高木が立ち並び、大小様々な動物が生息する。その中には魔物も少数であるが存在している。


「実は最近、この森林で暴れ回っている魔物がいると聞いてね。それを討伐するのが今回の訓練。」

「魔物って、どれくらいの大きさなんですか?」

「目撃情報では4、5メートルくらいだったとか。」

「そんな大きいのを相手にするんですか?」

「魔物は知能を持たないの。フォルトゥナより何十倍と楽な相手よ。」


 杖や剣を持ち、魔物を待ち構える。しばらく経つと、遠くから足音が聞こえた。明らかに人間のものではない、重厚感ある音。間違いなく巨大生物のそれだ。


「来るわ!」


 目の前に現れたのは高さが4メートル程、2本足で器用に立っている茶色の鱗を持つ巨大なトカゲ。「シミリサウルス」と呼ばれる竜の魔物だ。全身を覆う硬い鱗はやわな攻撃を通さない。


 マルスとソルが前に出る。マルスが足を狙って大剣を振るう。しかし、弾かれた。竜の鎧の前にはマルスの威力では足りなかった。


 続いて、ソルが後ろに回り込む。魔法を顕現させようとしたが、竜が突然尻尾を大きく振り、ソルを吹き飛ばす。


「後ろにいたはずなのに…」


 ルーナが駆けつけ、すぐさま回復魔法を使う。幸い、打撲だけで済んでいたので、治癒は早かった。


「シミリサウルスは体の後方に探知器官がある。奴は、お前らの熱に反応しているんだ!」


 カリストが情報を与えた。2人は危険が迫っていない限りは傍観を貫いている。彼らの手にかかればその程度のトカゲは一撃で終わってしまうからだ。


 ヴィーナが魔法で金属の球を10個生み出す。拳ひとつ分くらいの弾が竜へと降りかかる。半分くらいが命中し、特に最後の1弾は竜の顔面に綺麗に当たった。

 竜が後ろによろめいた。マルスが後ろ足に畳み掛ける。今度は勢いよく剣を縦に突き刺した。竜は完全にバランスを崩し、叫び声をあげながら地面へと倒れ込む。生い茂る草を無視して土煙が巻き上がる。


「今だ!」


 皮膚の柔らかい腹が露わになる。ルーナの支援によって跳躍力を上げたマルスは、高く跳び、竜の腹に大剣の先を向ける。突き刺した。

 赤い飛沫しぶきが森の植物を襲う。竜の周りに咲いていた花も、生えていた草も全てが魔物の血に染まる。


「初めてにしては良い出来だな。」

「そうね。もう少し苦戦するかと思っていた。」


 マルスとヴィーナが誇らしげに笑みを浮かべる。


「でも、ルーナの支援が一番貢献したな。」

「そうね。ルーナなしでは勝ててなかった。」

「そんなことないよ。みんな強かった。」


 互いが互いを褒める中で、魔物の攻撃を避けられなかったソルは自らの弱さを省みていた。

 魔法で防御壁を作ることはできたはずだった。それ以上に周囲への注意が足りていなかった。背後に回っただけで安心していた。反省すべきところはいくつもある。


「上手くいかなくて落ち込んでいるのか?」


 カリストがソルに気付き、他の3人には聞こえない程度の声で話しかける。


「はい……」

「反省してんなら、次はそうならないようにすりゃいい。魔物と戦う機会はそこまで多くはないだろうが、次からは模擬戦をやる。その中で戦い方を見つければ良い。期待してるぞ。」


 カリストの励ましで、少し落ち着いた。失敗は成功の元という。今は何度も失敗していい。いつかきたる本当の戦いまでに実践的な立ち回りを覚える。必ず強くなるんだと、ソルは心に強く誓った。

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