キュリーという存在

 レストランの帰り道、早速キュリーが例の借りの返し方について提案した。


「私の故郷はライブラからそんなに離れていないヴァルゴ村という所なんですが、そこに幼馴染がいるんです。」


 キュリーの願いはライブラの街を出る時に故郷の村に寄ってくれないかというものだった。


「ジュピターさんに頼んでみるけど、どうして私達に?」

「村までの道は森林の中でよく魔物が出るんです。私1人だと不安なので。」

「来る時はどうしたの?」

「その時は幼馴染に頼みました。彼は1人でも十分強いので。」


 もう少しヴィーナは質問をしたいようだったが、宿屋に到着してしまった。キュリーは4人に軽く会釈をすると、自分が暮らす学生寮へ帰っていった。夜でも明るさを保つ街灯が学生寮までの道を照らす。星の輝きは何一つ見えない。



 青色の髪を馬の尾のように結んでいる少女、キュリーは優秀な学生だった。彼女の通う学園で魔法理論の試験をやれば、彼女は常に一番で、他の生徒の追随を許さない知識を持っていた。彼女の魔法は強力で、それでいて精緻であった。3m以上ある大岩を一撃で砕く威力、100m先の的を容易たやすく撃ち抜く正確さ。その実力はおよそ人間のものではないと称された。


 彼女の魔法には欠点がある。発動までにそれなりに時間がかかるという点だ。だから彼女1人では魔物と戦うには不利だ。魔物といってものろい魔物であれば対処はできる。しかし、素早い魔物相手では対処がしづらい。

 彼女の故郷の村、ヴァルゴへ至るには数時間かけて森林を抜ける必要がある。森林には多様な生物が存在する。当然素早い魔物も。つまり、彼女の思惑はソル達を護衛につけることだった。


 もう一つ、彼女は音楽にも優れていた。ことにハープが上手だった。彼女は年に数回、学園でハープの演奏をする。彼女がハープを弾くと聞けば、学園のほぼ全員が講堂に集まり、その演奏を聴こうとする。講堂から漏れ出るハープの音色は学園の前を通りかかった人々をも聴き入ってしまうほどの魅力があった。彼女はライブラ1のハープ弾きとも評されていた。


 翌日もキュリーは4人の訓練が終わった後に宿屋にやってきた。


「今日はどうしたの?」

「特に用はないんですが、ただお話ししたくて。」

「いいよ!話そう!」


 ルーナは孤児院に同年代の友達がいなかった。ルーナは一度、魔法の才能をひがまれ、孤児院の女子から酷いいじめを受けたことがある。その時は院長とソルが気づき、その女子達をルーナに近づかないように隔離したという。それ以来ルーナは女の友達を作ろうとしなかった。唯一親身になってくれたヴィーナを除いて。


 ルーナは嬉しかったのだ。キュリーはとても可愛く、ルーナの話を親身になって聞いてくれる。前日レストランで隣の席になった時に色々話して気が合ったのだ。

 そしてキュリーは優秀な魔法使いだ。学園における彼女は孤児院におけるルーナの立場と似ている部分が多い。魔法の才能で妬まれる立場。学園で孤児院と同じことをすれば退学になるし、彼女の場合反撃されかねない。だからいじめに遭うなんてことはないだろう。それに、大部分は彼女を尊敬の目で見ているはずだ。

 しかし、学生の一部は嫉妬の情を抱いていて、裏口陰口は少なからずあるだろう。ルーナはキュリーなら分かり合えるんじゃないかと思っていた。これは決して加害者の悪口を言うためではなく、被害者意識の増幅のためでもなく、純粋に裏切られることがないだろうという安心のためである。



 キュリーはヴィーナにとっても特別な存在だった。キュリーの年齢はソルやルーナとタメなので、ヴィーナの一つ下だ。しかし、魔法の技術では遥かに上であるのは瞭然だろう。そもそも練習時間の桁が違う。ヴィーナが一日中十数時間やったところで、キュリーの練習時間を上回ることはない。キュリーだって毎日多くの時間を魔法の鍛錬に割いているのだ。

 ヴィーナにとってキュリーは憧憬しょうけいの的であり、尊敬する魔法使いである。直接教えてもらうことは難しいだろうが。


 キュリーはその後も毎日のように会いに来た。ルーナが「学校の友達とは話さないの?」と尋ねると、キュリーは「友達は寮暮らしじゃないの。家に帰っちゃうんだ。」と返した。


 ライブラに来て10日目。急ピッチで進められた訓練は、次の段階へ移る。マルスは動きながらの訓練、他の3人は実践的な魔法理論を学ぶことになった。

 コブウィムを装着して、右手に杖を持つ。


「ソル、火をイメージしなさい。」

「火ですか?」

「そう。ただし、単に火があればいいわけじゃない。火には燃えるものが必要よ。」

「はい。」

「空気を燃やすイメージで。」

「えっと?」


 とりあえず言われたままにイメージを凝らす。空気の一部を燃やすイメージ。杖を前方にかざして集中する。目を閉じる。周りの音が遠くなるような気がした。

 暗い視界にがともった気がする。目を開けると空に浮かぶ光。あれは火、なのだろうか。小さな光の球と言った方が的確だろう。


「まあ、最初はこんなものよね。」

「あれは火なんですか?」

「きっと火の源が少ないのね。空気を移動するイメージを入れてないでしょう。」

「空気の移動?」

「火をつけるには薪が必要よ。」

「はい。」

「火の魔法における薪は大きく2種類。目に見える自然物と目に見えない空気の一部。前者はわかりやすいわね。魔法で木の枝とかを持ってきて、それを燃やすイメージ。後者は爆発する魔法で使うやり方よ。目に見えない分、イメージが難しい。」


 分かるようで分からない。目に見えないものを燃やすというイメージはやはり掴めない。


「まあ、火の魔法は魔法の中でも難しい部類よ。そもそも火っていう物が特殊なのよね。」


 次に金属魔法を試してみる。イオの説明では地中深くから金属が現れるイメージとのこと。


「この鉄を見なさい。」


 イオが提示したのは磨かれた鉄の刃。これと全く同じものを作るように言った。


 目線を刃に向けて動かさない。まばたきもせずに十秒くらい見つめる。

 次に土の下から鉄を引っ張るイメージをする。そして、地上で見本の刃を再構築するイメージ。


 杖が示す先に、少しずつ鉄の塊ができてきた。集中を強め、段々と刃の形へと近づけていく。


「上出来ね。」


 出来上がった刃は元となったものよりも少し歪んでいたが、おおむね同じ形で、そしてしっかり刃であった。


「これを見本なしでやるのよ。それも一瞬でね。」

「えぇ。」


 魔法を発動するのに1分くらいかかっている。戦闘中にそんな時間はない。


「どうすれば早くなるんですか?」

「イメージは一瞬で良いの。一瞬で地下の金属を引っ張って、形を作る。これは練習あるのみね。」



 次はヴィーナの番である。ヴィーナの遠距離魔法では詳しく形を作る必要はない。とにかく多く、とにかく速く。求められる技術は「数」と「移動速度」。


「移動速度のイメージは簡単よ。一瞬で発動した場所と狙う場所を結ぶ線を勢いよくなぞればいい。」

「それが一番難しいんだけど。」


 最初の練習として与えられたのは小さなボールを遠くへ飛ばす練習。もちろん魔法で。

 ボールを浮かして自分の視界の斜め上に移動させる。


「さあ、あなたの練習の成果を見せなさい。50m先の的。そこの木の的に向かって撃つのよ。」


 ヴィーナは何百、何千回と同じ距離の的を射抜いてきた。弓矢は落下を考えるからただ直線で狙えばいいわけではない。直線で狙うなど、今の彼女にとっては無理難題ではなくなった。

 ボールは勢いよく発射され、1秒も経たないうちに的を破壊した。



「次はルーナね。」


 イオは懐から小刀を取り出すと、自分の腕を浅く切り裂いた。突然行われるイオの自傷行為に皆が戸惑う。


「この傷を治しなさい。」

「え、あ、はい!」


 ルーナは杖を持っていない。しかし、手をかざし、傷が塞がっていく様子を想像すると、イオの腕の切り傷はみるみる小さくなっていき、傷跡も残らず消えた。


「大体20秒くらいかしら?」

「遅いですか?」

「まあ、そうね。実戦ではこんな切り傷じゃすまないわ。もっと深い傷、場合によっては数分で死に至るような傷を負う。そんな時に時間がかかる治癒はやるだけ無駄よ。」


 イオの厳しい言葉がルーナを襲う。


「でも、初めてにしては良く出来ているわ。1ヶ月かけてこれくらいの傷は一瞬で治るようにしなさい。」

「わかりました!」



 宿に戻るとキュリーが待っていた。ソル達を見るや否や立ち上がって、「お疲れ様」と声をかける。


「今日はどんな魔法を?」

「私は治癒魔法。初めてだったから20秒もかかっちゃったけど。」

「初めてでそれはすごいよ!私の友達は初めての治癒魔法の時、傷が塞がらなくて大変だって騒いでいたもの。」

「後1ヶ月くらいあるから、もっと頑張るよ!」

「うん!頑張って!」


 ルーナとキュリーはもう完全に打ち解けている。親友以外の何にも見えない。ソルはルーナに新たに親友ができて、ほっとしていた。彼はルーナの古傷をずっと気にしていたのだ。


 ジュピターは練習尽くめでは身が持たないだろうと、日曜日の訓練は全員無しにしてやった。そこで、キュリーはルーナにライブラの街を案内してあげると提案した。ルーナは二つ返事でその提案にのった。

 マルスとヴィーナは宿屋近くのカフェで紅茶を楽しむつもりだと言った。街の観光に行かないのかと聞かれると、歩き疲れるのは御免だと返した。

 ソルは図書館へ行くと言った。何も休みの日まで勉強する必要はないとジュピターが言うが、フォルトゥナの情報探しはついでで、ただ色んな物語を読んでみたいから行くと答えた。孤児院の書庫には小難しい本しかなく、物語のような楽しむための本は置いてなかったのだ。


 各々が休日を楽しもうと1日の計画を練る。しかし、その間にも運命の歯車は動き続けている。


 運命の転換点は着実に近づいているのだ。

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