学園都市ライブラ

 ライブラはスコーピオン村から一番近い都市であり、世界有数の学園都市である。幼稚園キンダーガルテン初等学校プライマリー・スクール高等学校ハイ・スクール大学ユニバーシティ、それらの数は合わせて200を超える。そのため、学びたい学問がどこの学園にもないという不自由はない。興味のある研究を行える大学ユニバーシティは絶対にどこかにあるし、そこに優先的に進むことができる学園もどこかしらにある。

 ライブラの人口は200万人近くいて、その半分は学生である。一人暮らしの者もいれば、家族で越してきた者もいる。ライブラはまさに学生のための街である。


「そんなところに訓練できる施設があるんですか?」

「抵抗者の協力者は各地にいる。ライブラのような大都市であれば数十人はいる。それに、ライブラの魔法理論学は非常に水準が高い。研究機関の発刊する雑誌でも買ってみるといい。魔法への理解度がかなり上がるだろう。」


 そうこうしていると、前方に門が見えた。巨大な鉄製の門で、その前にはライブラの兵士が十人ほど立っている。


「そこの馬車、止まれ!」

「目的は何だ?」


 二人の門番が前に出て、ジュピターに問う。


「北へ向かう旅の者だ。」

「歳は?」

「一番下が16、一番上が26だ。」

「ここに名前を書け。」


 筆と紙を渡されたジュピターが7人の名前を書いて万番に手渡す。門番はそれを見ると、「よし、入れ。」と無表情で言い、門を開けた。



 宿屋はライブラの中心地にあった。宿屋の中でも上等な所で、天井から吊り下がるシャンデリアはまるで宮殿。農村育ちのソル達はこれほど豪華な建物を見たことがない。


「抵抗者一派ってもしかしてすごい金持ちなのかしら?」

「す、すごいね、ここ。」


 あまりの豪華さに戸惑っている。受付を終えたジュピターが戻り、部屋の番号を伝えた。


「部屋に荷物を置くのを手伝ってもらう。それが終わり次第、街を散策して構わん。」

「訓練は?」

「なにぶん、急な話だ。お前達の使う武器や杖が用意できていない。数日後には完成するとのことだから、訓練は明日から、まずは武器なしで始める。」




 ライブラの街は大通りといくつもの小路こみちから成っている。ライブラには木造だとか石造の建物はない。全てが煉瓦と鉄で出来ている。特に目を惹くのがライブラの街の中心にある「研究者塔」。「研究者塔」というのは通称で、これはライブラに本部を置くいくつもの大学ユニバーシティが共同で金を出して建築した電波塔だった。


 この時代、電話が使えたのはごく一部の大都市だけだった。北方の技術者がもたらした奇跡の発明は多くの研究者の目を輝かせた。

 その中でもリライブラの研究者は優秀で、原初の電話の仕組みを理解すると、すぐに量産を始めたのだ。街に普及するまでにはそれなりの時間がかかったものの、ライブラでは一家に一台は電話がある状態にある。


 その他にも、ライブラには無数の車といくつもの蒸気機関車が走っている。これらは外部の工業都市から輸入したものだ。街には工場が少ないため、ライブラは街で生まれた発明品を外部に発注する形で作っている。


 そしてライブラには「夜」がない。当時、夜といえば暗いものだが、ガス灯の発明によって夜を照らす物ができた。ライブラには百人以上の点灯夫てんとうふがいる。


 ライブラは「世界で最も進んだ都市」とも言われる。多くの研究者がつどい、進んだ技術を取り入れ、高度な学問を教え、それが次世代の優秀な生徒を産む。このサイクルで成り上がったのがこの街だ。




 ソルとルーナは研究者塔広場に来ていた。飲食店が集まるこのエリアでは人が少ない時間帯がない。街のことについて談笑していると、ソルの体に走ってきた誰かが勢いよくぶつかった。


「ごめんなさい!」


 謝ってきた「誰か」はソルと同年代と思われる少女。学生服を着ており、リブラのどこかの学園に通っている生徒であることは容易に想像できる。


「大丈夫ですよ。僕は怪我してないので。」

「急いでいたもので、前を見てなくて…。あの、今度お詫びさせていただきたいんですが…。」

「そんなの気にしなくていいですって。」

「いや!お詫びさせてください!私の気が晴れないので!」


 少女は自らを「キュリー」と名乗り、ソル達の泊まる宿を聞くと、深々とお辞儀をしてから人混みの中に消えていった。




 翌日から訓練が始まった。ライブラの街の外れにある訓練場にはソル達7人の他にも若い兵士が十数人。


「彼らも抵抗者かしら?」

「いや、彼らはライブラの兵士だ。ここは我々の管理する訓練場だが、兵隊にも貸し出す。その方が金になるからな。」

「お金のためかよ。」

「活動するには金が入り用だ。そもそも抵抗者の訓練は本拠地で行えばいい。さて、こんな話はやめて訓練を始めるぞ。」


 ジュピターがソル達の方へ振り返る。


「訓練はイオ、カリストの二つに分かれて行う。ヴィーナ、ルーナはイオに、マルスはカリストに教われ。ソルはしばらく魔法理論を学び、その後カリストから近接戦を学ぶ形をとる。」

「はい!」



 イオによる魔法理論講座が始まる。


「魔法を扱う前に、その理論を学ぶ必要がある。魔法は感覚で動くものじゃない、そこには基礎となる法則がある。」


 イオが取り出したのは紫色に光る水晶のようなもの。


「これは魔法石、私達はそう呼んでいる。魔法を引き起こすのに必要な原材料よ。ただ、魔法石だけがあっても魔法は成り立たない。」

「何か必要なんですか?」

「もう一つ必要なのはこれよ。」


 イオが取り出したのは、耳当てのような何か。


「これは“コブウィム”という道具よ。簡単にいえば、貴方達の生み出す想像を魔法で再現する装置。」

「想像?頭の中のを、魔法にするの?」

「そう。コブウィムの中にも魔法石が組み込まれてあって、その魔法石と杖などに仕込んだ魔法石を連動させるの。」

「連動っていうのはどうやれば?」

「コブウィムの中の魔法石の組み合わせと合わせるの。魔法石は通常、横3マス、縦12マス、計36マスの組み合わせで埋められる。ここで問題。魔法石の埋め方はどれくらいあると思う?」

「え?」


 急にふられた問題に戸惑う3人。


「貴方達に数学は早かったみたいね。回転させた時の被りを考慮して約300億通りよ。」

「…おく?」


 数学を知らないソル達にはせいぜい「万」の単位しか通じないだろう。「億」という単位は普段生活しているだけではほとんど聞かない。ましてや農村の孤児院では一度も聞かないだろう。


「想像ができませんが、とにかくすごく大きな数なんですよね?」

「そう。この世の全人類が魔法を使っても組み合わせは余るでしょうね。それに、足りなくなる頃には次の段ができてるわ。」


 イオは魔法のことになると饒舌じょうぜつだった。間をおかずに次の話題へと移る。


「魔法は想像によって成り立つとさっき言ったわ。逆に言えば、想像が適当だと魔法は上手くいかない。魔法が発生する位置、標的までの距離、方向、魔法の大きさ、数、それらがほぼ完全に近い形で想像できなければ魔法は現実に現れないの。」


 イオは続けて説明する。

「魔法は生活で使う魔法と戦闘で使う魔法がいる。ただ、実際のところ魔法を使う兵士というのは少ないわ。」


 戦闘用の魔法は先ほどイオが説明したような緻密な作業が求められるため、進んでやろうとする者がいない。対して日常的に使う魔法は規模が小さいうえ、限定的であり、難しい想像が必要ない。


「それじゃあ、3種類の魔法に分けた練習をしましょう。まずはヴィーナ、貴方は弓をやるわ。」



 訓練場にはいくつもの的がある。


「弓で的の中心を撃ち抜きなさい。今日の練習はこれだけよ。」

「撃ち抜けって言われても、50mはあるよね、あれ……」


 ルーナが小声で言う。彼らから見た的はもはやもはやただの白い点だ。


「中心を3回連続で撃ち抜く。それが条件よ。」

「あんな遠くの的……無理に決まってるじゃない。」

「貴方は遠距離魔法を選択した。貴方は場合によっては100m以上後方から魔法を撃つ必要があるわ。そうじゃないと“遠”距離の意味がないでしょ?」

「うぅ……」


 ヴィーナは諦めて矢を取り、撃ち始めた。


「次はルーナね。貴方はこの本を読みなさい。」


 イオが取り出したのは分厚い本。


「これは……?」

「医学に関する最新の本よ。大体2000ページあるからしっかり覚えなさい。血や骨、筋肉に関するところは特に。」

「こんなに……」

「貴方の主な役目は治癒よ。どこをどういう風に怪我していて、どうすれば治るか想像する必要があるわ。骨が折れたり筋肉が傷ついたりしている時は、体の内部構造を理解していないと治せないでしょう?人間の体は簡単に治りはしないのよ。」

「はい……」


 施設の建物に椅子と机があったことを思い出してルーナは建物の方へとぼとぼ歩いていった。


「最後にソル。貴方はカリストの所に行きなさい。」

「もう行くんですか?」

「木刀が扱えるようになったら戻ってきなさい。きっとヴィーナと同じくらい時間がかかるから、その頃に次の段階に移るわ。」

「わかりました。」


 ソルはマルスとカリストの元へ向かった。



「うぎぎ……」


 マルスのうめき声がソルの耳に届く。両手で大きな棒状の何かを持っている。


「これくらい持てなきゃ、ツーハンドソードは持てねぇからな!」


 マルスは両手で扱う剣、ツーハンドソードを習うらしい。カリストもこれの使い手だ。カリストの持つ剣は長さ1.6m、重さは約3kgの巨大な剣。カリストはマルスにこれより少し小さめの1.2mのツーハンドソードを持たせるつもりだった。


「ん?なんだ、イオはもう役目を放棄したのか?」


 向かってくるソルに気付いたカリストが冗談混じりに言う。


「いえ、僕はヴィーナの訓練が終わるまではこっちで教われと言われたので。」

「近接魔法だからな、剣の扱いもある程度覚えなきゃならない。お前は重いものを持つ必要がないから、まずは持続力だな。剣術と近接魔法は動き回るのが役目だ。」


 カリストが提示したメニューは訓練場を10周すること。1周で大体10分かかるので、2時間弱走り続けろということだ。


「どうした?できないか?」

「いえ、やります。」

「そうかい。なら行ってこい!10周終わったらそこの木刀で素振りな。」

「えぇ……」



 1日目の訓練が終わった。かなりハードな練習にルーナ以外の3人は宿でぐったりとしている。


「これ初日かよ……」

「先が思いやられるわ……」


 ソルに至っては言葉を出さない。


「大丈夫……?」


 ルーナが心配そうにソルの顔を覗く。


「あ、うん。何とか……」


 これが翌日、翌々日と熟成するまで続くのだ。しかし、自分達から言い出したことなので、必ず達成してみせると4人は心の中で誓っていた。


「ルーナは3日後に試験されるんでしょ?」

「うん。本の中の内容から100問。」

「そっちも大変そうだな。」

「まあまあかな?」


 宿のホールで談笑をしていると、誰かが声をかけてきた。


「あの……」


 声の主は前日にソルに体当たりしたキュリーだった。


「大丈夫ですか?」


ソルに視線を向けて尋ねる。


「その言葉、2回目。僕そんなに弱く見える?」


「見えるな。」「見えるわ。」


 年上から同時に言われたもので、ちょっとショックを受ける。


「どうしてキュリーさんが?」

「いや、その、昨日のお詫びを……」


 2人はそのことをすっかり忘れていた。


「夜ご飯ってもう済ませてますか?」

「いや、これから。」

「でしたら、私のおすすめのお店があって、おごるので行きましょう。そこのお二人も一緒に。」


 キュリーが提案するが、奢りなんて、と断る。


「でも……」

「じゃあ、こうしない?」


 2人と1人の間で繰り広げられる押し問答を聞いていられなくなってヴィーナが提案する。


「今回はおとなしく奢られて、私達2人の分は借りにする。次に貴方が困っている時に私達はその借りを返す。これでどうかしら?」


 3人はヴィーナの案に納得した。そして、5人は宿を出て、夜のライブラを歩いていった。

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