抵抗者とフォルトゥナ

 本の入手経路を説明しながらジュピターの後をついていく。説明し終えたちょうどその時、目の前に一台の馬車と二人の男女が見えた。男の方は筋肉質で高身長。短い髪が彼のハンサムな顔を引き立てている。女の方は細身。ジュピターと同じ銀髪で、長い髪を編んで後ろに垂らしている。


「戻ってきたか、ジュピター。ん?そいつらは?」


 男の方が尋ねる。


「我々の旅に同行したいと言い出した奴等やつらだ。」

「はぁ?冗談じゃない!私達は子守りのために旅に出てるんじゃないっての!」


 女の方が反駁はんばくする。


「まあそういうな、イオ。あいつらはミネルヴァの本を持っていた。何か関係があるかもしれん。」

「ミネルヴァの……?」


 その名を出した途端、イオは反駁をやめた。もっとも、いぶかしげな表情は残していたが。


 彼らの話す内容はソル達の耳には届いていなかった。届いたのはイオの怒声だけで、他は途切れ途切れにしか聞こえず、復元しようとも思ってなかった。


「さて、我々について紹介するとしよう。私はジュピターだ。そして、この二人は、まあ、お前達の師匠になる二人だ。」

「俺はカリスト。もっぱら剣を使ってきた。だから教えられるのは剣くらいだ。」

「私はイオ。魔法が専門。残念ながら白兵戦は大して教えられないわ。」


 イオはソル達をにらみつけ、杖を突きつけた。


「もし貴方達がフォルトゥナの手先だったら殺すわ。」

「待て待て、イオ。いくらなんでもガキがフォルトゥナと繋がってるなんてことはないだろ。」


 カリストが制止する。しかし、イオはカリストの発言が気に入らない。部外者を旅に加えることには危険が伴うのは当然のことだ。裏切り者でなくとも足手まといになる可能性は十分ある。ましてや成年にも達していない子供だ。


「その疑いはわかるが、一旦杖を収めろ、イオ。フォルトゥナに襲われているところを実際に見て、私が助けたのだ。フォルトゥナの手先ならば襲われる理由はないだろう。」

「わかったわ。手先云々については兄さんの考えを呑むわ。でも、少なくとも戦闘経験もなさそうな彼らをそのまま連れるのは危険よ!」

「そこはお前が稽古でもつければ良い。お前の魔法の腕は抵抗者随一だ。師範になってしごいてやれ。」

「兄さん!」

「我々は“抵抗者”。フォルトゥナを討つ者達のつどいだ。さあ、馬車に乗れ。日が暮れる前に野宿する場所を探すぞ。」


 ジュピターは妹の声を無視して馬車へと入っていった。ソル達はどうすれば良いのかわからず、棒のように突っ立っていた。


「お前らもさっさと馬車に乗りな!7人が乗るスペースはあるからな!」


 カリストが一声かけると、4人はイオの顔色をうかがうように彼女を一瞥いちべつし、そそくさと馬車に乗り込んだ。




 イオは馬車が走っている間終始無言だった。怒りかあきれか、表情から読み取ることができない。


「あ!そういえば院長に何も言ってない!」


 思い出したヴィーナが大声を上げる。


「お前達の孤児院には遣いを寄越した。お前達のことも説明しておくさ。」

「遣いを寄越すって、ずっと一緒にいたのにどうやって知らせたんだ?今時伝書鳩でんしょばとなんか使ってるわけないだろうに。」

「世の中を便利にしたいと思う人間が、素晴らしいものを発明するのだ。」


 ジュピターは答えを濁した。きっと知られたくない極秘の方法なのだろう。そう思って、これ以上の詮索せんさくはしないことにした。



 陽が落ちて、馬車が止まる。見晴らしのいい草原には彼ら7人の他に人はいない。


「お前達の得意な戦法を聞いておかねばならないな。」


 野宿の準備をしている最中、ジュピターが尋ねてきた。


「剣か魔法か。得意な方を選べ。」

「俺は剣だな。」


 真っ先に答えたのはマルスだった。続いてヴィーナが「魔法」と答えた。


「僕も剣の方が得意だと思います。一応、剣術はやってましたし。」

「どう思う、カリスト。」

「俺に聞かんでくれよ。まあ、ソルは俺が見たところ、どちらもそれなりにできそうだ。俺は近接魔法をお勧めするぜ。」


 魔法には大きく3つの種類がある。近接魔法、遠距離魔法、支援魔法である。

 近接魔法は言わば「動く魔法」。魔法使い本人が動き回って、近くから攻撃を当てる手法。素早く動く相手に有効だ。

 対する遠距離魔法は「動かない魔法」。体を固定し、大量の弾幕を発生させる後方支援型の魔法。ヴィーナの選択する魔法はこのタイプ。主に巨大な相手に有効である。

 支援魔法は「攻撃でない魔法」。回復や身体強化、強固な防御を担う。主に遠距離魔法の使い手に付き添って、敵の攻撃から守るなどの役割にあたる。また、傷ついた仲間を後方で回復させる役目もある。こちらも後方支援型に分類される。


「近接魔法は魔法を使った剣術のようなものだ。実際の武器との大きな違いは重さや威力だ。魔法は武器を持つ必要がない分、動きやすい。だが、その分武器の重みはないから、重さを利用した豪快な戦い方はやりにくい。近接魔法に求められるのは敵を倒すことじゃない。前線で敵の妨害をすることだ。お前はそういう戦い方が得意そうに見える。」


 カリストが推薦の理由を説明する。


「じゃあ俺はなんで剣のままでいいんだ?」


 マルスが聞き返すと、

「お前は力がありそうだからな。それと、魔法には繊細な作業が求められるからだ。」

とカリストが笑って言い返す。マルスは後半の皮肉に数秒経つまで気づかなかったが、ヴィーナは瞬時に理解して、確かにと言わんばかりにうなずいた。



「さて、残るはルーナだけね。ルーナはやっぱり支援魔法?昔から凄腕だったからね。」


 ヴィーナが提案すると、ルーナは謙遜しつつ、褒められた嬉しさを隠すためにうつむいた。


「昔から?私には貴方が杖を持っているように見えないんだけど。」

「え?杖って何のことですか?」


 薪についた火がバチっと音を鳴らす。そして静寂が訪れる。


「え?どうしたんですか?」


 抵抗者の3人は黙って顔を見合わせている。


「貴方は、一体何者なの?」


 口を開いたのはイオだった。その質問はルーナにとって意味のわからないものだった。彼女が「何者か」と言われれば、彼女は「ルーナ」であるとしか言えないからである。


「そう言われても分からんだろうな。質問を変えよう。なぜ、お前は杖なしで魔法が使える?」


 次の質問は意味はわかるが、意図がわからないものだった。ルーナにとって杖なしで魔法が使えることは当たり前であり、彼女を見てきた他の3人にもそれが「常識」であったのだ。

 農村の孤児院という閉鎖空間で生きてきた彼らには、院長から教えてもらった最低限の読み書きや算数以上の教養はなかった。遠くの街を知らない。魔法理論を知らない。数学を知らない、科学を知らない。

 そんな彼らはここで初めて「魔法には道具が必要」であると知った。つまり、その常識から外れているルーナは「異常」だったのだ。


「お前達はルーナ以外が魔法を使ったところを見たことがあるか?」


 イオが質問する。


「ないです……」


「魔法に関する本を読んだことは?」

「ないです……」

「待って!あの怪物、フォルトゥナが使ってたのは魔法でしょ?あれは杖なしでできていたじゃない!だったら……っ!」


 ヴィーナは、自身のひらめきはすぐにルーナに関する弁解を意味のないものにすると悟った。いや、むしろ悪化させるものである。彼女は今、ありえない想像をしている。


「杖なしで魔法を使えるのは、今のところフォルトゥナだけだ。」


 ジュピターの言葉がとどめをさした。


「まさか、私が……フォルトゥナ?」

「そんなはずはない!」


 ソルが珍しく大声を出す。ここまで彼が感情的になったのはいつぶりだろう。


「ルーナは僕と小さい時からずっといるんだ!ずっと見てきた!あんな怪物と同じはずがない!」

「そこが私にとっての最大の疑問なのだよ。」


 ジュピターが説明を始める。ソルは一度冷静になり、その説明に耳を傾ける。


「我々の調査から考えて、フォルトゥナは歳を取らない。だからお前達と共に歳をとっているルーナがフォルトゥナであるとは考えにくい。しかし、ルーナの能力が異常であることは確かだ。我々はルーナを疑い続ける必要がある。気を悪くしないでくれ。」

「わかりました。でも、僕らはまだフォルトゥナについてよく知りません。もう少し教えてください。」

「わかった。フォルトゥナはまだ謎多き存在だ。教えられる範囲で教えよう。」


 ジュピターの話をまとめよう。


 一つ、フォルトゥナには序列があること。最上位のフォルトゥナは「一等星」と呼ばれており、その下に「二等星」がいる。一等星に属するフォルトゥナは総じて強力である。一方、二等星のフォルトゥナの強さはピンキリである。一等星に引けを取らない強力なものもいれば、先の司祭のように一撃で仕留められる弱いものもいる。大抵の場合、大都市の司祭であれば強力な二等星が着任していることが多い。

 二つ、フォルトゥナは基本的に不死身である。寿命によって死ぬことはなく、怪我もすぐに治ってしまう。一等星は200年以上前から顔ぶれが変わっていないという噂もある。そんなフォルトゥナを殺す方法は二通り。一つは即死させること。一瞬で首を切断したり、圧死させたり、胴体を真っ二つにしたり。どう足掻あがいても生き残れないような状況では能力は発動しないらしい。

 もう一方の方法が重要で、フォルトゥナの「コア」を破壊すること。このコアが三つ目の情報でもある。コアはフォルトゥナの心臓の代わりである。このコアが破壊されれば、直ちにフォルトゥナは生命活動を停止し、場合によっては骨すら残らず消える。フォルトゥナはもちろんそれを理解しているので、コア周りには攻撃されないように特に注意している。さらに、このコアには自爆機能がついている。滅多に引き起こされないが、コア破壊でない方の手段を用いようとすると、死の直前でコアごと自爆してしまうのだ。おかげで、コアについての研究も中々進まない。


 フォルトゥナについて判明していることはその程度だという。一等星のフォルトゥナに遭遇した例はかなり少なく、両手に収まる程度だと言う。二等星は度々たびたび遭遇していて、勝率もそれなりに高いが、いかんせんコアが手に入らないし、生け捕りにしても自爆されるので、フォルトゥナの目的も生態もよくわからないのだ。


「とにかく、フォルトゥナというものはラプラスの部下で、滅ぼすべき存在だ。明日には街に着くだろう。訓練は街に着いてからだ。」

「どこの街に向かうんですか?」

「ライブラ、学園都市ライブラだ。」

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