第11話 総統・カヅキ
ボクとトコを乗せたバギーは街を走る。
誰も乗っていないトライシクルがバギーに引っ張られるのを眺めているはずなのに、ボクの目は違う景色を繰り返し流し続ける。
アルが穴に吸い込まれるように落ちていく。
暗い、暗い穴に落ちていく。何度も何度も落ちていく。
ボクのせいだ。ボクがよそ見していたから。ボクのせいでアルが……。
「ろに、いたい?」
トコの声で、ハッとする。ピンクの瞳が、ボクのことを心配そうに見つめていた。
「いたいのいたいのとんでけ、する?」
「……大丈夫だよ。心配させたね。ごめん」
いけない。アルがいなんだから、ボクがしっかりしないと。
大きく息を吸う。気持ちを切り替えるんだ。
ボクは、ボクのやるべきことをやる。
ボクのやるべきこと。トコを守ること。
そのためにはどうしたらいいんだろう?
壁に埋め込まれた扉に到着した。扉の前には見張りの兵士が立っていて、バギーの運転手と何か話している。
「こいつらを本部に入る前に、危ない物がないか検査だ」
マズい……!
バレないように首を動かさずに目だけで周りを見渡す。他の兵士はバギーに載せたアルの発明品に夢中で、誰もこっちを見ていない。
ボクは縛られた手でトコをなでるふりをして、首に下げていたペンダントを取って、そのまま口に入れた。
トコが目を丸くして声を上げようとしたから、「大丈夫」と安心させるように言って聞かせた。
ひんやりとした苦い味。口に入れたペンダントをほお袋に移動させる。
兵士たちの話し合いが終わったみたい。ボクらはバギーから下ろされた。
この先へ行く前に、危険なものを持っていないか、ポケットの中までチェックされる。
「よし、通れ」
兵士の一言に、ボクはホッとした。ペンダントが見つかるんじゃないかってヒヤヒヤしたけれど、口の中まで見られることはなかった。
このペンダントは、トコのお母さんとお姉ちゃんにつながる唯一の手掛かり。絶対に統率軍に渡しちゃだめだ。
扉の先は長い廊下が続いていた。頭の中で地図を広げる。ここは、地下街の照明やスピーカーを管理する部屋へつながる通路だ。角を曲がるたびに、ボクは頭の中の地図に、今見ている景色を書き込んでいく。
兵士が突き当りの扉を開ける。中は思ったよりも広かった。壁一面にモニターが設置されていて、それぞれの画面に街の様子が映し出されている。
『ニンゲンは捕獲しました。ご安心ください。繰り返します。ニンゲンは捕獲しました。ご安心ください』
モニターの前では、マイクに向かって街のネズミたちに呼びかけるアナウンサーがいる。
ここは統率軍の本部。ネズミの街をひとつにまとめるための場所だ。
兵士たちがビシッと足を揃えて立つ。ボクとトコは、兵士と兵士の間に挟まれるようにして立たされた。
「総統、反乱者とニンゲンを連れてきました」
「ご苦労」
「手の空いた者を隊長の捜索に向かわせましょうか?」
「北地区が解放された今、手の空いた者などいないはずだ」
モニターを眺めていた一人のネズミが振り返る。
総統・カヅキが、ボクたちを見下ろす。
最初はりりしい眉がハジメにそっくりだと思った。
でも、空気が全然ちがう。ピリピリしていて、視線はキンと冷たく尖っていて、見つめられると背筋がゾクゾクとした。でも、こんなに怖くて強そうなのに、なんだか不安そうで、とても疲れているように見えて、ボクは不思議に思った。
「どのゲートから侵入した?」
「え……っと」
「答えろ。そのニンゲンはどのゲートから侵入した?」
緊張で上手く声が出ない。カラカラの喉で、どうにか声を振り出す。
「トコは侵入してきたんじゃありません……ずっと眠っていたんです」
「眠っていたとは? 詳しく説明しろ」
質問に答えると、総統はすぐに次の質問を投げかけてきた。その間も、総統は鋭い視線でボクらを刺し続ける。
トコは居心地が悪いみたいで、ボクの後ろに隠れようとした。
だけど、兵士が許さない。警棒で背中を押して、無理やり前に立たせる。
とにかく、今はトコが敵じゃないということを説明するしかない。
「トコはネズミがニンゲンを追い出した頃からずっと眠っていたんです。えっと……肉を食べません。ガスで、えーっと、その、寝ている間に……えっと……ボクたちと同じで、プラスチックとポテトボールが大好きです」
全然言葉がまとまらないし、詰まったり、早口になったり、しゃべりながら情けない気持ちになっていく。
こんなときアルがいてくれたら、スラスラと言葉が出てくるんだろうなぁ。
でも、今はボクしかいないんだから、やるしかない。
「子どもだから難しいことはわからないけど、ダメなことは説明したらちゃんとわかってくれます。それにボクたち、地上へ出るつもりだったんです」
地上という言葉に、兵士たちがどよめいた。
ただ、総統だけは表情ひとつ変えずにボクたちを見つめている。
「ボクたち、街に迷惑をかけたいわけじゃないんです。だから、お願いです! 地上へつながるゲートを開けてください!」
ざわざわとした動揺が部屋に広がっていく。
スッ、と総統が片手をあげる。すると、どよめきは一瞬で収まった。
「他にニンゲンはいたか?」
「いませんでした」
「地上から攻めてくる可能性は?」
「ないです」
ウソはついていない。
だって、迎えに行くと言っていたトコのお母さんとお姉ちゃんだって、ずっとこの地下街にたどり着いていない。
「なるほど、わかった」
よかった! わかってもらえた!
「それじゃあ、アルを探しに──」
「処刑台の準備をしろ」
総統は何のためらいも見せずに、そう言った。
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