第7話 アルのやりたいこと
節水を呼びかけるアナウンスが聞こえる。
いつの間にか眠っていたみたい。窓の外はとっくに明るくなっていた。
トコを起こして、冷蔵庫にあった食材を全部出す。しばらく帰れないなら、腐っちゃうものは残しておけないもんね。ボクは簡単にサンドイッチを作った。
ずっと抱きしめられていたせいで寝返りも打てなかったから、動く度に関節からバキバキって音がする。でも、ちゃんと荷造りまで済ませた。えらいぞ、ボク。
アイスクリーム屋の制服はトコに大きすぎたから、代わりにボクらの洋服を着せた。シャツと靴はよかったけど、ズボンはブカブカだったから、急いでゴム紐を通す。
頭の毛と耳はまとめて帽子の中に隠して、ヒゲとしっぽをつけた。これで変装はばっちり。
「ペンダントは無くさないように、トコの首にかけておこうね」
「あい」
支度を済ませたボクたちは、サンドイッチを持って一階のガレージへ向かう。
「アル、起きてる?」
「よっしゃ! できたぁっ!」
「わっ!」
突然、アルが大声で叫んだ。ボクは驚いて階段を踏み外した。
短いしっぽがヒュンと縮む。これから顔面を強く打つという恐怖に思わず目を閉じる。それなのに、いつまでたっても痛みは来ない。
「あ、あれ?」
恐る恐る目を開けると、ボクは階段の上で宙づりになっていた。トコがボクのシャツをつかんで支えてくれている。おかげで両手に持ったサンドイッチも無事だ。
「た、助かったよぉ! トコ、ありがとう!」
ボクがお礼を言うとトコは、にへらと笑って、ゆっくり下ろしてくれた。
やっぱり、トコってものすごく力持ちだ。しかも、とっさに手を伸ばせるくらいの素早さだってある。
出会ったばかりのトコが銀色の箱から出ようとしておでこから落っこちたのは、起きたばかりでまだ身体が慣れていなかっただけなのかも。
それにしても──
「ちょっとアル、びっくりさせないでよぉ!」
「おおロニ、見てくれ! ついに完成したんだ!」
いつも以上に早口のアル。それに目が怖いくらいにギラギラしている。……もしかして、寝ていない?
アルはボクたちの手を引いて、出来立ての発明品の前に立たせる。
「まずはトライシクル! こいつがなくちゃ旅は始まらない!」
なるほど、そのまま説明する流れなんだね。
トコにサンドイッチを一つ渡す。アルの説明を聞きながら、朝ごはんの時間にしよう。
「荷台にあったカゴを外して、オレとトコ専用の席を取りつけた。野宿に必要な道具はトライシクルのボディに取りつけた箱に入っている」
アルは箱のフタを開けて、大きなビニールの塊を取り出した。
「それはなに?」
「オレたちの家だ」
「家? これが?」
「まぁ、見てろって」
ビニールの塊についているキャップを外して、トライシクルのモーターと連結させる。そして、トライシクルのスイッチを押した。
すると、モーターから送られた空気でビニールが風船のように膨らんでいく。ガレージの天井につきそうなくらい大きく膨らんで、あっという間に立派なテントになった。
「空気清浄機もついているから、ガスだらけの地上でもキレイな空気の中で眠れる。寝心地もばっちりだぜ!」
アルがテントの入り口を開けると、先にサンドイッチを食べ終わったトコが飛び込んだ。
「キャー! しゅごーい!」
トコはテントの中で跳ねたり、ゴロゴロ転がったり、すっごく楽しそう。ボクは急いでサンドイッチを口に詰めて、テントの中に飛び込んだ。
バフンッ、バフンッ!
「すっごくふかふかだ!」
「ふかふか~♪」
ボクらの反応がうれしかったのか、アルは鼻の下をこすって自慢げに説明を続ける。
「寝床だけじゃないぜ。泥水を飲めるくらいきれいにする『ろ過装置』も用意した。トライシクルのモーターさえあれば、なんだってできる!」
寝るところ、それに水の問題も機械の力で解決しちゃった! 本当にすごい!
「でも、モーターの充電はどうするの?」
「いい質問だ」
アルは、待っていましたと言わんばかりに、トライシクルの運転席に新しく取りつけられたレバーを引く。
ジャキンッ!
トライシクルの運転席と後部座席の間から長いポールが伸びる。
ググググッ、バッ!
ポールの先端が開いて、折り畳み式の羽根が広がる。
「か、か、かっこいいっ!」
「風力発電のプロペラだ! こいつが風を受けて回ることで発電できる。風がない日も羽根部分についているソーラーパネルで光を集めて発電するぞ!」
「アル、これ本当にすごいよ!」
「しょごい、しょごい!」
「だろぉ? この天才アル様に任せておけ! わっはっは!」
高笑いするアル。なぜかトコもマネして、わっはっはと笑い出す。
「それにしても、こんなにたくさんのメカ、一晩で全部作ったの?」
「あー、いや、まあ、その……前々から準備していたっつーか……」
さっきまでの早口はどこへ行ったのか、アルは歯切れが悪い返事をする。
前々から準備って、どういうこと?
地上へ行こうって決めたのは昨日なのに。
アルは少し困った顔をしたあと、静かに話し始める。
「オレ、どうしても地上へ出たくてさ、ガキの頃から準備していたんだ」
「え⁉」
驚いた。ずっと一緒に暮らしてきたのに知らなかった。
「ニンゲンが作ったものが好きだし、もっと見たいってずっと思っていた……だけどよ、ガギンチョだけじゃ、たどり着くことすらできなかった」
ボクの中で、これまでの出来事がすべてつながった瞬間だった。
地図に書き込まれたひらがなは、アルが地上へ出るための準備のひとつだったんだ。
それに迷子になったあの日、地上へつながるゲート前まで冒険をしようってボクとハジメを誘ったのは、アルだった。
あの頃から、アルの心の中に地上へのあこがれがあったんだ。
「大人たちに助けられたとき、すげー悔しくてさ……どうすれば地上へ行けるか考えた。考えながら、いつか来るその日のために準備してきた。
トーキョーって場所に行けば、もっとすごいものが見られる。ここよりも設備が整っているなら、技術を持ち帰ってこの街をもっと住みやすくできるはずだ。トコのペンダントの映像を見て、出発するなら今しかないって思ったんだ」
「ボクは勘違いしていたみたい。アルはこの街のことが嫌いなんだと思っていた」
「嫌いだぜ。だから大人たちを見返してやりたいのさ」
アルは作業台に置いてあるガスマスクを手に取って、ボクに差し出した。
「そんで、オレの計画には優秀なドライバーが欠かせないわけよ」
ボクの口のサイズに合わせて作られたマスクには、ハムスターのマークが描いてあった。
「オレの頭脳と、お前の足があれば、どこへだっていける」
なんだろう、この気持ち。さっきまでの不安がどっかに飛んでいっちゃった。
アルに頼りにされていることがうれしい。それに、すごくワクワクしている。
アルは笑いながら、ボクに向かって拳を出す。
「トーキョーまでのルートはちゃんと頭に叩き込んだか?」
「もちろん、ばっちりだよ!」
ボクは、アルの拳に自分の拳をコツンと合わせた。
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