第6話 正解なんてわからない
ボクらの家が見えてきた。道まではみ出たスクラップの小山と、斜めになっているアンテナが目印。
スクラップの山と山の間を潜るように一階のガレージに入って、トライシクルを停車させる。
ガレージの中もヘンテコな金属パーツでいっぱいになっている。ほとんどアルが拾い集めたものだ。
放っておくと、どんどん拾ってきて、あっという間に足の踏み場もなくなっちゃうから、床に線を引いて「ここからはみ出しちゃダメ!」って、言い聞かせたくらいなんだ。そうしないと、トライシクルの駐車スペースがなくなっちゃうから。
ガレージのシャッターが閉まったのを確認して、ポケットからスプーンと取り出す。
「ネズミごっこはおしまい。よく頑張りました。ごほうびをどうぞ」
「わーい!」
トコは頭にかぶった毛布を勢いよく外すと、ボクの手からスプーンを引き抜いて、その場で口に含んだ。
トコがニンゲンだってバレないか気にしながら運転していたし、ハジメとアルの口ゲンカを見ていたからかな。すごく疲れた。
運転席に座ったまま伸びをしていたら、アルが手に持った紙の角でボクの鼻先をつついた。
「イタッ……もぉ~、普通に渡してくれたらいいのに」
紙を広げると、それは大きな地図だった。
「早速だけど、トーキョーまでのルートを頭に叩き込んでおいてくれ」
アルは、地図に赤ペンで丸を書く。
「ここがオレたちの住む街『オオサカ・ウメダ』」
一つ目に書いた丸よりもうんと離れた場所に、もう一つの大きな丸を書く。
「そんで、ここがトーキョーだ」
うわぁ、これ思ったよりも遠いぞ……。
「この地図じゃ大ざっばすぎるから、細かく書いてあるやつも渡しておく」
「え?」
「これと、これと、これも」
ボクの膝に、何冊も地図帳が乗せてられていく。
「ほんじゃ、あとよろしく~」
そう言って、アルは作業台へ戻っていった。
覚悟していたつもりだったけど、これは大変なことになった。膝に乗っている情報量に頭を抱える。
試しに一番上にある地図帳のページをめくると、漢字の上にひらがなが書き込んであった。アルが漢字の勉強のために書いたのかな? おかげでだいぶ読みやすい。
それでも、読み込みに時間がかかることに変わりはない。
トコがクイクイっと、ボクのシャツの袖を引っ張る。お弁当を持って、ヨダレを垂らしている。
「あ、ごめん。スプーンだけじゃ足りなかったね。アルも一緒に食べようよ」
呼んでみたけど返事がない。アルはもうトライシクルの下に潜り込んで、何か作業を始めていた。あれは完全に集中モードに入っている。
「……先に食べてよっか」
「あい」
アルの分のお弁当を作業台に置いて、ボクとトコは二階へ上がった。
二階は寝たり、食べたり、生活をするための場所になっている。一階と違って物も少なくて、二人で住むのに充分な大きさで、ボクは結構気に入っている。
部屋の真ん中にあるちゃぶ台にお弁当を置くと、トコはお行儀よく座ってこっちを見る。
「どうぞ、めしあがれ」
「いただきまぁす!」
トコは小さな手をパチンッと合わせてから弁当箱を開けて、両手でポテトボールをわしづかんで食べ始める。本当に気持ちがいい食べっぷりで、オカミさんがよく食べる子どもをほめるときに言う「育ち盛り」ってやつなのかも。
ボクもお弁当を食べる。ほお袋に入れてもらったときより、少し冷めていた。それでも、もちもちとしていて、やさしい味がした。食べながら、もう片方の手で地図帳を広げて読み込みを進める。
気がつけば、トコの弁当箱は空っぽになった。本当にあっという間になくなった。
お腹がいっぱいになって眠くなったみたい。まぶたが落ち始めて、ピンクの瞳が半分になっている。
「トコ、こんなところで寝たら風邪ひくよ」
毛布を取りにいくために立ち上がろうとした。
「うわっ!」
トコに服を引っ張られた拍子に、ゴロンと床に転がる。そして、そのまま背中から抱きしめられた。
「……と、トコ?」
返事がない。代わりに、すー、すー、と寝息が聞こえてくる。孤児院の弟や妹たちもそうだけど、小さい子って、本当に突然寝るよね。
「トコ、トコ、起きて」
ダメだ。起きる気配がない。
腕の中から抜け出そうとしたけど、力が強くて無理だった。ニンゲンの子どもってみんな力持ちなのかな?
手を伸ばして、ちゃぶ台の上にある地図をつかむ。トコに抱きしめられたまま、トーキョーまでのルートを考える。
ルートを考えながら、別のことも考えている。
ネズミとニンゲンの戦争が終わったのは、オカミさんが今のボクよりも小さいかった頃。
トコのお母さんとお姉さんは、今、何歳になっている?
今も生きている? 本当にトーキョーにいる?
険しくて長い道のりを、地図の上から指でなぞる。
トーキョーへ向かうことがトコにとって本当にいいことなのか、ボクにはわからない。
「……まま……ねぇね……」
トコの寝言。目元にまた涙がにじんでいる。
正解なんて、きっと誰にもわからない。
ピンクの頭をなでながら、ボクはまた地図と向き合った。
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