第5話 孤児院と幼なじみ

 冒険へ出発するにしても、まずは準備が必要だ。そのためにもボクたちは一旦街へ帰ることにした。

 もうすぐ消灯の時間になる。天井の電気が消える前に用事を済ませようと、街のネズミたちはせかせかと歩いている。仕事を終えて買い物に来たネズミや、今が稼ぎ時だとお客さんを呼び込むネズミで大通りはいっぱいだ。

 そんなネズミたちへ、いつものように節電を呼びかけるアナウンスが流れる。道を歩く若いネズミが「節電、節電、うっせぇ」と、アナウンスに向かって文句を言う。

 その若いネズミを、パトロールしていた統率軍の兵士が睨みつける。若いネズミはこれ以上文句を言うことはなかったけど、舌打ちをしてどこかへ行ってしまった。

 食料も、電気も、何もかも足りなくて、にぎやかな街には不満の空気が漂っていた。ボクはその重苦しい空気から逃げるように、トライシクルを脇道のほうへと走らせる。

 少し狭い道だけど、通い慣れた道。その先にある行きつけの弁当屋に立ち寄る。

トライシクルから降りずに、そのままドライブスルー用の窓の前で停車する。


「おかえり。配達の帰りかい?」


 いつものように笑顔で出迎えてくれたのは、オカミさんだ。


「アル兄ちゃん、ロニ兄ちゃん、おかえりー!」


 気がついたらトライシクルの周りに子どもたちが集まっていた。


「オカミさん、みんな、ただいま」


 ボクとアルはこの建物で生まれ育った。一階が弁当屋で、二階が孤児院になっている。

今は別の家に住んでいるけど、みんなに「おかえり」って言われると「ただいま」って


「オカミさん、ポテトボール弁当三つ! あと干し芋も一袋!」

「三つってことは、その子もお泊りなのかい?」


 オカミさんは、小銭を受け取りながら、荷台に座っているトコに視線を向ける。

 ここに来る前、トコがニンゲンだってばれないように変装してきた。

アイスクリーム店で見つけた制服は、大人のニンゲン用だったから、トコが着るとブカブカでワンピースみたいになった。頭のピンクの毛は目立つから、トコの毛布を頭巾みたいに被せる。これで顔も簡単には見えない。念のため、紙マスクをつけて低い鼻を隠す。腰にコードを結んでしっぽの代わりにして……うん、どこからどう見たってネズミだ! けっしてニンゲンなんかじゃありませんよ。


「新入りかい?」

「ああ、恥ずかしがり屋で、ずっと家に引きこもっていたんだってさ」


 アルがそれっぽい適当なウソをつく。ボクは顔に出ちゃうから、こういうときは黙っていた方がいいんだ。


「……そうかい。それなら、おいしいもんいっぱい食べさせなくちゃね」

 オカミさんはしばらく黙ってトコを見つめていた。てっきりバレたかと思った。

オカミさんの勘は鋭い。アルが何か企んでいるとき、いつもオカミさんは「また悪だくみをしているね」って言い当てた。


 でも、今回はバレていない。オカミさんだって、まさかボクたちがニンゲンを連れているなんて思わなかったんだろうね。

トコも、南地区へ入る前に約束した「ゲームのルール」を守ってくれている。


 ──1時間前。

「トコ、『ネズミごっこ』をしよう」

「ねずみごっこ?」

「そう。ボクらの家に着くまで毛布を取らずにネズミのまねっこができたら、ごほうびをあげるよ」

「ごほーび! ねえ、ごほーび、なあに?」

「これだよ」

「すぷーん! トコ、すぷーんしゅき!」

「それじゃあ、ネズミごっこ頑張れるかな?」

「トコ、がんばる!」


 ──で、今に至る。トコが素直な子で本当によかった。

 オカミさんは、弁当を準備している間、トライシクルの周りで、弟や妹たちが飛び跳ねる。


「ロニ、お土産は?」

「アルにい、どんな冒険してきたの?」


 孤児院の子どもたちは、アルの思いつきで始まるドタバタさわぎの話を聞くのが大好きなんだ。


「ごめんね、今日は予定があるんだ」

「えー? あしたは? あしたはおやすみ?」


 明日と言われて、気がついた。

そっか、ボク、トーキョーへ向かうから、明日も明後日もみんなと会えないんだ。

 なんてことない会話だったのに、お別れの日だと気が付いて言葉が出なくなった。


「わりぃな、明日も兄ちゃんたちは大忙しだ」

「えー、つまんない」


 ボクの代わりに、アルが返事をしてくれた。

みんなの顔を見たら、トーキョーへ向かうのが怖くて、さみしくて、泣きたくなった。

 でも、ボクは行かなくちゃいけないんだ。


「ごめんね。何かお土産持って帰るから」


顔に出ないように、どうにか苦笑いで誤魔化す。


「あんたたち、あんまり兄ちゃんを困らせるんじゃないよ」


 オカミさんが戻ってきた。


「乾パン、オマケで入れておいたから」

「え、いいの? 今、小麦粉って高いんでしょ?」

「明日から忙しいんでしょ? しっかり食べな。ほら、口開けて」


 そう言って、オカミさんがポテトボールを一つ、ボクの口に入れてくれた。

 ジャガイモをふかして、つぶして、丸めたポテトボールはボクの大好物だ。どのくらい好きかっていうと、小さい頃、食べるとすぐになくなっちゃうのが悲しくて、ほお袋に入れて何時間もねばるくらい好き。

 だからオカミさんは、ボクがお弁当を買いに来ると一個多めにポテトボールを用意してくれる。


「オカミさん、ありがとう!」


 ほお袋にポテトボールを入れていても、はっきりと聞き取れる声でしゃべることができる。こういうときハムスターに生まれてよかったと思う。

 オカミさんから、紙袋を受け取る。袋の中にはホカホカのお弁当が三つ、それから干し芋と乾パンがたっぷり入っていた。

 自分ができることを精いっぱいやる。それがオカミさんの口癖であり、教えだった。

食料が少ないこの街で、みんながお腹いっぱい食べられるように料理するのが自分の仕事だって、オカミさんは言っていた。

 この乾パンだって、料理では使えない野菜クズを刻んで生地に練り込んである。どんなものも無駄にしない、オカミさんの知恵の結晶なんだ。


「気をつけて、いってらっしゃい」

「ばいばーい」


 トライシクルを発進させると、孤児院のみんなの姿がだんだん小さくなっていく。

鼻の奥がツンする。ボクはほお袋にしまったポテトボールをかみしめるように食べた。




 食料も調達した。家まであと少し。トライシクルはまた大通りへ出る。

 交差点には、交通整理係のネズミが立っている。「止まれ」の指示に従って、ボクはトライシクルを一時停止させた。

 トライシクルに並ぶように大きなバギー(四輪車)が一台止まった。


「おい、お前たち」


 バギーの運転手が話しかけてくる。

 幼馴染のハジメだ。

ボクやアルよりも身体が大きい。モンスターと戦うためのハンマーを背負っていて、統率軍の証である赤いマフラーを巻いている。

統率軍の兵士は、世界が滅亡した頃から生きているネズミが多い。ハジメは十七歳だから軍で一番若いけど、自慢の腕っぷしでのしあがって、今では三十から四十歳の大人たちを束ねる隊長になった。総統(軍で一番エラいネズミ)の息子だからって言うやつもいるけど、ハジメはマジメだから、ものすごく努力してきた結果だとボクは思う。

 りりしい眉が、トライシクルの荷台に乗せた紙袋を見下ろす。


「そんなに食料を買い込んでどうするつもりだ? 小麦も野菜も不足しているのがわからないのか」


 ボクはバレないように、心の中でため息をつく。

 昔はあんなに仲が良かったのに、一緒に冒険に出て迷子になったあの日から、ハジメは全然笑わなくなった。統率軍に入隊して、ボクたちと遊ばなくなったし、顔を合わせても説教ばかり。


「明日はお弁当買う時間がなさそうだったから、多めに用意してもらったんだ」

 ケンカをするつもりなんてない。だからボクは、なるべく穏やかな気持ちで話すようにしている。


「遊びの予定か?」

「ちがうよ。ちゃんと配達の仕事」


 ウソはついていない。地上を出てトーキョーまでニンゲンを送り届ける仕事なんて、口が裂けても言えないけどね。


「ったくよぉ。オレらのやることにケチばっかつけて、統率軍はヒマしてんだな」


 アルの言葉に、ハジメの眉が険しくなる。

 ……ああ、また始まった。

 ボクはハジメと仲良くしたい。

 でも、アルはそうじゃない。説教ばかりのハジメに対して、アルはいつだって反抗してきた。

 交通整理のネズミが「進め」の指示を出す。トライシクルとバギーが発進すると同時に、二人の口ゲンカが始まった。


「遊んでばかりのお前にだけは言われたくない」


 ハジメは、まるで大人みたいにアルに説教をする。


「お前の腕なら統率軍でメカニックとして充分に働けるだろ。発明だの冒険だの、くだらない遊びはやめて大人になれ」


 たしかにアルはこの街で一番機械に詳しいメカニックだよ。

でも、アルは統率軍のことが大嫌いだから、絶対に働かないと思うけど。

 今度はアルが口を開く番だ。


「お前ら統率軍こそ、働けだの、節電しろだの、散々言っておいて、口先だけで何もしてねぇじゃんか」

「俺たちは毎日街をパトロールしながら、市民の困り事を解決している。北地区の探索も進めてきた」

「パトロール? 探索? ぜーんぜん結果が出てねぇじゃん。お気楽ドライブの間違いだろ」


 チラリと横を見る。ハジメの眉間のシワがどんどん深くなっていく。

 ボクはソワソワしながらハンドルを握りしめた。

 ハジメのことなんて気にもせず、アルの攻撃はまだまだ続く。


「パトロールが必要なくらい街が荒れているのは、みんな余裕がないからだ。貧しいからだ。貧しさの原因を解決しないと、いくらバギーを走らせたって意味がない」

「……さっきから聞いていれば、好き勝手言いやがって」


 ハジメの口調が荒くなっていく。怒りを隠そうとせずにアルを問い詰める。


「そう言うお前は、この街の状況をどうにかできるのか?」

「できるぜ」


 アルは自信満々に言ってみせる。


「ついさっき、オレとロニの二人で、北地区の停電を直したんだからな」

「……なに?」

「ぼ、ボクは運転しただけで、停電を直したのはアルだから」


 誤解されたら困るから、ボクはしっかり訂正を入れた。


「ウソじゃないだろうな?」

「つまらんウソはつかねぇよ」


 また交差点だ。交通整理のネズミは「進め」の合図を出している。

トライシクルは家へと続く真っ直ぐの道を進む。

ハジメのバギーは右に曲がって別の道へ。あの道は北地区へ繋がっているから、きっと様子を見に行ったのかもしれない。

 ケンカは苦手だ。張りつめた空気からようやく解放されて、ホッと胸をなでおろす。


「アル、言いすぎだよ」

「本当のことを言っただけだ」

「でも、言い方があるでしょ」

「ならアイツにも同じように注意しろよ」

「……きっと、何か理由があるんだよ」


 アルは鼻をフンッと鳴らして、そっぽ向いちゃった。

 どうしてこうなっちゃったんだろう?

 ボクは、小さい頃みたいにハジメと仲良くしたいだけなのに。道が違ったら、考え方が違ったら、もう一緒になれないのかな? 

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