第2話 謎の箱

 ボクらは無事に目的地へたどり着いた。

 世界が滅びる前まで、たくさんのニンゲンでにぎわっていたレストラン通り。

 のぼり旗が店の入り口に立ったままで、今も客が来るのを待っているみたい。

 頭の中で地図を広げる。店の数は全部で六十八件。


「一つ一つ見て回るしかないかな」

「ロニ、トライシクルのスイッチを切れ」

「え?」

「いいから」


 アルのことだから、きっと何か考えがあるんだ。

 ボクは言われた通り、モーターのスイッチを切った。

 もちろん、トライシクルのヘッドライトも消える。目の前に暗闇が広がる。見えなくなった代わりに、耳が音を拾うことに集中する。

 モーターは止まっているはずなのに、機械が振動する音がかすかに聞こえる。


「こっちだ」


 アルはゴーグルのライトつけてトライシクルから飛び降りる。そして、腰に下げたバッグから小型のライト取り出して、ボクに投げ渡した。


「待って、置いていかないでよ。うわっ!」


 アルを追いかけようと歩き出してすぐ、ブーツの先が引っかかって転んじゃった。


「いたたた……」

「大丈夫か?」


 アルがライトで地面を照らす。敷き詰められたタイルがあちこち割れている。どうやらボクは、割れ目にブーツを引っかけちゃったみたい。


「転んだだけで済んでよかったな。穴が空いている場所もあるから、ドジっても落ちるなよ」

「き、気をつけます……」


 ボクらは手に持ったライトで足元を確認しながら、慎重に奥へと進んでいった。



 少し歩いた先で、音が聞こえてくる店を見つけた。

 淡い水色の看板。何のお店なのか気になって、文字を読んでみる。


「あい、す、く……えっと……」

「『アイスクリーム』だ。甘くて冷たいデザートらしい。前読んだ本に書いてあった」

「へぇ~」


 ニンゲンの文字はとても複雑で、読むのが難しい。大抵のネズミは、ひらがなをゆっくりなら読めるくらい。

 でも、アルならカタカナだってこんなにスラスラを読めちゃう。それに書いている言葉の意味だってわかる。

 アルには、わからないことがわかるようになるまで、あきらめずに調べ続ける粘り強さがある。やりすぎて困っちゃうこともあるけど、ボクはそんなアルのことを尊敬している。


「だって、ニンゲンっておもしれぇじゃん。オレが思いつかないような物をとっくの昔に作っていて、それを実際に使って生活していたんだ。最高にかっこいいし、参考にするべきだぜ。それなのに、街の連中ときたら、ニンゲンが関わる物をなんでもかんでも悪だって決めつけて、毛嫌いしやがる」


 思い出して腹が立ったのか、しかめっ面になったアルに、ボクは思わず苦笑いする。

 ボクたちが住む街・南地区で「ニンゲン」という言葉を口にすると、大人たちはみんな嫌な顔をする。

 ニンゲンは世界をめちゃくちゃにした張本人。絶対的な悪。ネズミの敵。

ボクたちは、大人からそう教わってきた。


「統率軍のやつら、街にあった本を片っ端から燃やそうとしたんだ。信じられねぇよ。そのくせに、ニンゲンが残した発電装置はちゃっかり使っている。言っていることとやっていることがちぐはぐで、クソダセぇ」

「それ、街中で言っちゃダメだよ。兵士に聞かれたら、捕まって牢屋に入れられちゃう」

「そのときは、ロニの運転で逃げるさ」

「だからなんでボクが共犯になる前提なのさぁ……」


 ボクの訴えを無視して、アルは店のドアを開けた。

 店内はそこまで広くない。だから、探していた物はすぐに見つかった。

 水色の壁紙、クリーム色の床、白いテーブル。やわらかな色でまとまった店内に、冷たい銀色の箱が一つ、堂々と横たわっている。

 その箱は角張った長方形で、普段ボクが寝ているベッドよりも大きい。フタ部分はガラスでできているのに、ライトで照らしても中の様子はまったく見えない。

 床に張り巡らされたコードに足を取られないよう気をつけながら、ボクらは箱へ近づいていく。足裏にジーン、ジーンと振動が伝わる。


「一体、何のための機械なの?」

「それを今から調べる。そんで、北地区に電気が流れるようにする」


 興奮しているのか、アルの声が上擦っている。

 アルはバッグからノートと鉛筆を取り出すと、ドカリと箱の前に座った。そして、箱の側面に書いてある文字を指でなぞる。


「うわぁ、漢字だらけじゃねぇか! いいねぇ、ワクワクするねぇ! オレ様が解いてやるから、かかってこいよ!」

「えっと……何か手伝えることはある?」


 話しかけてみたけど、アルはすでに不思議な箱に夢中だった。文字を見て、コードの接続部分をチェックして、ノートにメモして、また文字に向き直る。それを繰り返している。

 こういうときのアルの集中力は凄まじい。周りの音が一切聞こえなくなる。

 仕方ないので、ボクはライトを片手に店内を見て回ることにした。

 壁に貼ってあるポスターと目が合う。ポスターに写るニンゲンは、スプーンとカップを手に持って、楽しそうにボクにほほえみかける。

 カップに入っているボールのように丸められたもの、あれがアルの言っていた「アイスクリーム」かな?

 ポスターを眺めていたら、ひとつ思いついたことがあった。

 ひょっとしたら、まだ「あれ」が残っているかもしれない。

 ボクは、お目当ての品を探すために、カウンターの裏に回った。

 ネズミは、ニンゲンの子どもくらいの大きさしかないって、アルが教えてくれた。ボクはハムスターだからもっと小さい。背伸びしてカウンター裏の棚を調べたけど、探していたものは見つからなかった。

 今度は奥にあるドアに手を伸ばす。扉を開けると、壁に鉄製の高い棚が並んでいた。ここはきっとアイスクリーム屋さんで働いている人のための部屋だ。

下から順に棚の中にある箱を開けていく。一番上の箱はイスの上に立って、落っこちないように箱を地面に下ろしてから開けていく。


「──あった!」


 ようやく見つけた。

 お目当ての品──プラスチック製のスプーン。

 ボクらの街の近くでは、全部採り尽くしてしまったから、プラスチックはとても貴重なんだ。こんなにたくさんあるんだから、ガッツポーズだって出ちゃう。


「こんなにたくさんあったら、孤児院のみんなも喜ぶだろうなぁ」


 ボクの育ての親であるオカミさん、それにボクと同じみなしごの弟や妹たちの笑顔を思い浮かべて、ボクも自然と笑顔になった。

 スプーンの束をわしづかむ。ズボンの前と後ろ、全部で四つのポケットがパンパンになるまでスプーンを詰め込んでいく。

 でも、どうしてもあと二本だけ入らない。

 スプーンのツルリとした表面を見て、喉が鳴る。


「……置いていくなんて、もったいないよね」


 誰が聞いているわけでもないのに、言い訳をしてから、ゆっくりとスプーンを口に含む。

 じんわり、とろぉり。

 プラスチックが、舌の上で飴のように溶けていく。

 久しぶりに味わう濃い甘さに、ボクは思わず目を閉じた。


「んはぁ、おいしい」


 あっという間に先端部分が溶けて、喉の奥へ流れていく。残りの持ち手部分も口に含んで、舌で転がしながら、静かに溶けていくのを楽しむ。運転で緊張していた身体がホッとする。


「アイスクリームって、プラスチックよりもおいしいのかな?」


 そんなことを考えていたら、チカチカ、と天井の蛍光灯が光り始めた。

 まぶしさに目を細める。店全体が明るくなる。

 きっと、アルが機械を調べ終わったんだ。

 ボクはもう一本のスプーンを手に、アルの元へ戻る。

 文字の解読で頭をたくさん使ったから、プラスチックがあると聞いたら、きっと喜ぶだろうなぁ。


「お疲れさま~。 ねぇアル、いいもの見つけ──」


 途中まで出ていた言葉が、喉に引っ込んだ。

 箱のフタが開いていた。そこから鮮やかな青緑の冷気が煙のようにあふれて、床一面に広がっている。

 アルは立ち尽くしたまま、ピクリとも動かない。きっと箱から目が離せなくなっている。

 ボクも同じだ。

 だって、絶滅したはずのニンゲンが、箱の中で眠っているのだから。

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