第1話 メカニックの兄、ドライバーのボク

 フル回転のモーターの振動が、シート越しに全身へ伝わってくる。

 ボクはハムスター用に組み立てられたトライシクル(三輪バイク)に乗って、入り組んだ地下街を猛スピードで走る。

 ハンドルを握りしめ、スピードを落とさずに、必死でカーブを曲がり続ける。何度も壁に激突しそうになって、そのたびに前歯をむき出しにする。

 こんなスピードでぶつかったら、ハムスターのおせんべいになっちゃう……!

 危ないなら、スピードを落とせばいいじゃないかって?

 ボクだってそうしたいよ!

 でも、でも、そういうわけにはいかないんだ……!

 チラリと視線を移すと、サイドミラーに刃物の大群が映り込む。


 ガシャガシャギシャギシャッ!


 何本ものハサミが合体したモンスターが、地面を引っかきながら、トライシクルと同じ速度で追いかけてくる。


「ひぃぃぃぃぃ八つ裂きにされるぅぅいやだぁぁぁ!」


 叫んだって何も解決しないけど、こんな状況で叫ばずにいるなんて無理ッ!

 それなのに、トライシクルの後ろに取りつけた配達カゴの中で、呑気にモンスターの観察なんかしちゃっているネズミが一人。


「ロニ、見てみろよ。ハサミの持ち手部分が全部つながっているぜ」


 若き天才メカニック・アル。ボクの兄さんだ。

 ちなみに、ロニっていうのはボクの名前。

 ボクはハムスターで、アルはネズミだから、もちろん血は繋がっていない。

だけど、孤児院で一緒に暮らしてきたから兄弟みたいなものなんだ。アルが一つ年上だから兄さんで、ボクは弟ってわけ。

 アルはまだ十四歳なのに、ボクが乗っているトライシクルの設計から組み立てまで一人でやったんだ。本物の天才だよ。

 でも、なんでも知りたがりで、モンスターにだって興味深々なのはちょっと困る。

 いや、ちょっとじゃない。今ボクはものすご~く困っている!


「なるほど、こいつら全部まとめて一つの生き物になっているのか。おもしれぇな」

「おもしろがってないで、早く何とかしてよぉ!」

「ったく、しょうがねぇな」


 背後で立ち上がる気配がした。

 サイドミラーを確認。

 アルがモンスターに向かってライフル銃を構えていた。「おもちゃの銃を改造して、威力を二十倍にしてやったぜ!」と、出発前に見せてくれた、アルの自慢の一品だ。

 トライシクルは、直線の道に入る。

 もう一度、サイドミラーを確認。

 ハサミのモンスターはすぐそこまで迫っている。


「お前の弱点はわかった」


 ガチャリッ。


 ライフル銃のボルトハンドルを引く音。


「一発、それで十分だ」


 バチンッ、ガシャン! 


 発射されたゴム弾は、ハサミの持ち手部分に命中した。

 ハサミ同士をつないでいた部分が割れて、弾けるように刃物がバラバラと散らばっていく。

 アクセルペダルをゆるめても、もうモンスターが追いかけてくる様子はない。

 緊張のせいで肺に詰まっていた空気を、ボクは思い切り吐き出した。


「はぁ~、死ぬかと思った……」

「まぁ、これくらい朝メシ前だろ」


 いやいやいや、アルはそうかもしれないけど、一緒にされちゃうと困る。


「ボクは必死だったよ! 何度もぶつかりそうになったし!」


 反論するボクの言葉に、アルも反論してくる。


「ぶつかってないじゃん」

「でも、でも、本当にギリギリだったんだよぉ!」

「あのな、電灯が点いていない真っ暗な道を、アクセル全開で走るなんて、普通の配達員はマネできねぇよ」


 そう言って、アルはボクの背中をつつき始める。痛い、痛いって。

 でもボクは、顔を前に向けて運転するしかない。


「で、でも、真っ暗って言ってもトライシクルのライトだってあるし、アルのゴーグルのライトも点いていたから」


 ボクは、アルの視線に合わせて動く明かりをチラリと見て言った。


「オレのライトはモンスターを照らしていた。お前の助けになった覚えなんてこれっぽっちもない」


 そんな自信満々に言われても……。


「それによ、オレがモンスターを狙いやすいようにわざわざ直線の道を選んだだろ?」

「う、うん」

「下手すると大人でも迷う入り組んだ道だぞ? それなのに地図を見なくても走れるくらい完璧に把握しているお前の記憶力がすげーって言ってんの」

「そうかな~?」



 八歳のとき、ボクたちは迷子になった。

 冒険に行こうと言い出したのはアルだった。幼馴染のハジメが親のバギー(四輪車)をこっそり持ち出して、ボクも合わせて三人で出発した。

 最初は楽しかった。大人たちに近づいちゃいけないと言われていた北地区へ行くのは、やっぱりドキドキした。

 でも、途中で曲がる角を間違えた。しかも、帰り道を探している途中で、バギーが故障して、子どもではどうすることもできなかった。暗闇の中、泣きながら三人で歩き回った。

 統率軍の兵士が見つけてくれたからよかったけど、家にたどり着けない焦りと恐怖は、今も夢に出るくらいのレベルでトラウマとなった。

 もう二度と迷子になりたくなかった。

 だから、ボクは頭の中で地図を作るようになった。

 壁に張られた案内図や実際に見える風景。すべての情報を死ぬ気で頭に叩き込んで、立体の地図を頭の中に組み立てる。おかげで抜け道もたくさん知っているから、配達の仕事はボクに合っているみたい。



 今日もいくつか荷物を届けてお金を稼いだ。休憩していたらアルに呼び出されて「ちょいと用事かあるから乗せてくれ」ってお願いされたんだけど……全然「ちょいと」ってレベルの用事じゃなかったってわけ。


 物思いにふけっている間に、アルはボクの背中をつつくのに飽きたらしい。フン、と鼻を鳴らして、カゴの中にドカッと座った気配がした。


「停電とモンスターのせいで、北地区の探索は何十年も進んでいなかった。『オレとロニなら停電問題を解決できる』って言ってるのによ……統率軍のやつら、聞く耳を持たねぇ」


 なんでボクもメンバーに入っているのかなぁ……あんまり統率軍に目をつけられたくないのに。


「ねぇ、ボクが行きたくないって言ったらどうするつもりだったの?」

「お前は断らないさ」


 あ。今、笑った。顔を見なくても、声を聞けばわかる。

 アルは知らないことを知るのが好きで、気になったらモンスターがウロウロしている危険な場所へだって一人でも行っちゃう。アルの言ったとおり、それがわかっているから断れない。まったく困った兄さんだ。


「心配ないって。モンスターがゴミとゴミを合わせて強くなるなら、オレたちも手を組んで強くなればいい。オレは天才的な頭脳担当、そして──」


 アルがトライシクルのボディを軽快なリズムで叩く。


「お前は逃げ足担当ってわけだ」

「逃げ足って……もうちょっと他に言い方はないの?」


 なるべく不満が伝わるように言ったつもりだったけど、アルは気づいていないみたいで、わっはっは、と豪快に笑っている。


「つまり、お前のこと頼りにしているって話さ。だから、胸を張りな」

「……うん」


 急に真っ直ぐなほめ言葉をもらって、ヒゲがくすぐったい。なんだかいいように使われている気もするけど、役に立っているなら素直にうれしい。

 頭の中で地図を広げて、目的地を確認する。

 さっきモンスターに追われたせいで予定していたルートを外れちゃった。

でも、そこまで遠回りにはなっていない。


「ボクらが向かっている場所に停電の原因があるんだよね。配線が切れているのかな?」

「いや、管理室のパネルをチェックしたけど、どこも故障している様子はなかった」


 どういうことだろう?

 ボクは、アルの言葉の続きを待つ。


「あれだけデカイ発電装置を四六時中ぶん回しているのに、街はいつも電力不足だろ?」


 ボクは、南地区の中心に設置された巨大な発電装置を思い出して、うなづいた。

 地下で生活するボクたちネズミは、ニンゲンが使っていた発電装置に頼りっきりだ。地上から流れてくる雨水を飲めるくらいきれいにする機械も、畑の野菜に光を当てるためのライトも、ボクが乗っているトライシクルのエネルギーも、すべて発電装置が作った電気で動いている。


「あれだけデカい発電装置なら、足りないなんてありえねぇんだよ。だからオレは、作られた電気がどこへ流れているのか調べたわけだ」

「管理室って、たしか統率軍が警備している場所だよね?」


 後ろから、フフン、と得意げな鼻息が聞こえた。

 きっと勝手に忍び込んで調べたんだろうなぁ……。

まぁ、気になったらとことん調べるのはいつものことだから、このくらいのことではもう驚かない。


「配線はどこも切れていないし、故障もしてない。でも停電している。それはなぜか──北地区に流れた電気を全部使っちまうくらいヤバイ装置があるってことだ」


 ようやくアルの言っていることが理解できた。


「それじゃあボクらは、電気をいっぱい使っている謎の機械がある場所へ向かっているんだね」

「そのとおり」

「まさかとは思うけど、帰りに『謎の機械を街まで運べ』なんて言わないよね?」


 返事がない。

 サイドミラーを確認。

 鏡越しに、アルがニヤリと笑っている。

 まずい。この笑顔は危険だ。絶対にトラブルが起きる。今までだってそうだった。

 でも、この困った兄さんを置いて帰るわけにもいかない。

 ワガママで命知らずな天才メカニックに聞こえるように、ボクはわざと大きくため息をついた。

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