不死身のフジミ

双六トウジ

第1話 死神とこんにちは


「おお! あんさんよ〜来たな! さ、ここ座り。アンタの為に拵えた人皮のソファやで」


「ん? ワシが誰やて? ワシは死神。死の概念、その擬人その象徴。そして、本来ならアンタとはもう会うことがなかった存在」


「だってほらキミ……不死身やん?」


「だからあんさんが生まれたとき、ワシすっごい焦ったで〜。死神ってのはなぁ、生きとし生けるもの皆さんを平等に死の世界でお待ちせなあかんねん。それがワシの存在意義であり愛やねん。例えるならハーレムみたいなもんや。そう、ハーレムってのはね、全員平等に扱わなきゃならんのよね、うん」


「えーー話がだいぶ逸れた。いやぁ正気の人と話すの久々なもんでなぁついつい舌が大回転してもてへへへ」


「そんで……自分、ほんまエライよ。めちゃんこエライ。そう、そういう話がしたいねんワシはな」


「あんさんは怪物生産工場モンスターズファクトリーの、人造人間、不死身の兵士、第一号……でっしゃろ?」


「どれくらい傷付いても、真っ二つに裂かれても、マシンガンで蜂の巣にされても。何事もなかったかのようにすぐに肉体が修復される。食事は必要なく、酸素を取り入れるだけで済む低燃費な胃袋。睡眠もいらない。そして何より痛みを感じることが無い。第一号としては完璧な仕上がりですわな」


「その完璧さがワシとしてはホンマに困るわぁ。ワシは今必死に生きてる皆さんを愛してやらなあかんのですわぁ。でも不死身を作り出されちゃったらさぁ……ホンマにさぁ……もうさぁ……」


「……でもでもでも! お兄さんはここ、死の国に来てくれた! ワシにあんさんを愛させてくれた! こーんな嬉しいことないでぇ! あんまし良くないけど、特別にこれあげちゃう。飴ちゃん、ブドウ味」


「そんでなんやけど、訊きたいことあんねん。キミの肉体の方は現世にある。でもキミの魂はここにある。それは……どうゆうこっちゃ?」


「あ、怒ってるとかじゃないねん。純粋な好奇心やねん」


 ―――


 死神と名乗るを言葉で表現するなら、黒い煙が人の姿に見えるように形状を固定しているようなものだった。

 パブリックイメージであるドクロや巨大な鎌は無く、ただ入れ歯が頭部らしき位置にぼんやり浮かんでカタカタとが話す言葉に合わせて動いていた。かなりの早口でまくし立てられたために私はその間口をあんぐり開けるしかなかったが。

 しかし少なくとも歓迎されているということは分かった。

 勧められたソファは人の皮で作ったというが、どうやら滑らかな加工をされていて触り心地は非常に良かった。ブドウの味の飴は今まで食べた飴、いやどの甘味よりも甘いと感じた。もう一つ欲しいと欲張ってしまうほどに。


 では、死神の好意に応えよう。

 私は自分の考えを話すことにした。




 初めの私は、大気だった。

 次に、雲だった。

 次に、雨だった。

 次に、山の川だった。

 そして私を飲んだ動物や植物の体内を巡り、排出されたり、また雲になったりした。


 あるいは、雨として人里に行ったこともあった。

 学校の帰り道を行く子供達の上に振ったこともあった。やんちゃな男の子が傘を折り畳み私を歓迎して、それを見た女の子や大人が呆れ顔になるのを見たこともあった。

 ホームレスの老人の体を濡らしてしまったこともあった。彼はゆっくり、冷たくなっていった。誰もそれを見ることが無かった。


 もしくは、生き物になることがあった。


 虫、鳥、スカイフィッシュ、犬、猫、ネズミ、ツチノコ……。

 それから人間。

 けれど、最後に成ったその肉体は不思議だった。

 元から成人男性の肉体だったのだ。

 それに……心臓は動いていた。呼吸はできた。なのに生きた心地がしなかった。


 その肉体は補給を必要としなかった。

 その肉体は初めから兵士という目的を持って生まれてきた。

 その肉体は目覚めればすぐ戦場に駆り出されるのは明らかだった。


 だから私は目覚めないことにした。眠り続けることにした。


 するとその肉体を作った人間達は、何故起きないのかを考えだし、それが行き詰ると私をどうするべきか考えだした。


 私ははりつけになった。

 置かれた場所は陽の光の届かぬ暗い場所だった。

 大きな人型が現れて、私の血や内臓を食らっていった。

 私の体は再生した。だから何度も何度も、それは私を食べた。


 でもその内食べ飽きたようで、私は放置された。

 これでとうとう、私は死体同然になった。


 雨が降った。

 私に降った。

 雷が降った。

 私に降った。


 すると、ここにいた。

 私の肉体はどうやら灰になったようだった。


 あの雷雲は、私だった。かつての私であり、次世代の私だった。

 私が私に慈悲をくれたのだ。





 ……しかし貴方の口振りからすると、私の肉体はまだ滅んでいないようだ。


 ―――


「な〜〜るほどね! あんさんさては、『生神いきがみ』か!」


「生神ってのは、その名の通り生を司る神やね。あんまりにも名前知られてないけど。まあそこはワシが恐ろしすぎるさかい、しゃーなしや。生き物は恐ろしいものばっか覚えるもんやし」


「う〜ん。死の国に生神が来るなんてお初や、どうもてなしたらええか分からん」


「いやいや、帰れつっとるわけじゃないねん! できればここにいてほしいねん! でも……現世の肉体は今治りかけとる。するとあんさんは帰るしかない」


「……う〜〜〜〜ん」


「ほなキミに特別、特別やで? 死神からの寵愛ってのをやろうやないか。ホンマみんなに言うたらあかんで? こちとら長年仲良しハーレムでやってきてんねんから」


「ワシの使いのな、ネズミ達を寄越したる。そんで磔になっとるキミを解放して、近くの町の病院なり警察なんなりに届けたる。な、安心やろ」


「……」


「生神は一人だけのワシと違うて、めちゃんこ大勢いる。けどワシほど色んな事考えとるわけじゃない。ある日この世に泡がパチンと弾けるみたいに現れて、色んな姿に変化、受肉し世界を巡って生を与えていく。役が終わればまた泡のようにパチンと消えていく。ま、ワシもよく知ってるってわけじゃないけど」


「あんさんはアンラッキーやったねぇ。人造人間に受肉してもうたんやから。自然の存在が不自然な存在にガッチャンコしちゃうと、なんやアカンことになってまうみたいや」


「……よし! もう一肌脱いだろか。肌無いけど」


「汝に死の国の図書館へのアクセスを許可する」


「それはここに来た人類の知識、思念、文化等が納められた場所」


「人の姿をした人でなしといういびつな檻に閉じ込められた同胞へ、憐れみと祈りを込めて死神が贈ろう。アーカーシャの花束を」




「……あ、そういやあんさん、お名前は? 許可権出すのに名前要るねん。いや生まれたばっかりやから無いか。そうや、おっちゃんが名付けたろうな! な!」


「ん~~~~~……。不死身やから、フジミ。これでどうや! ガハハハハ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不死身のフジミ 双六トウジ @rock_54

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ