夢花火

相川美葉

もしも、あの日に戻れたら

シャンシャと結った髪に付けた鈴が鳴る。

カラカラと下駄の音がする。

多彩な景色の中を歩く。

「レイ、ラムネ飲みたい」

「はぁ!?さっき飲んだばっかだろ!?」

「うん」

隣を歩くレイが引いた目で私を見るが気にしない。気にしたら負けだ。

ベンチに座り、各々が買った物を食べていると、思い出したようにレイが口を開く。

「あ、そうだ。明日の花火大会ってどうする?」

私の住む地域の夏祭りは二日に渡って行われる。八月二十日と翌日の二十一日。

二十日は夜店や盆踊り。翌日は花火大会という形が毎年恒例だ。

「明日は、行くの止めよう」

「え、何で?」

「お願い」

行かないという選択をすれば彼は不思議そうな顔をするが、意志を曲げないと察したのか「分かったよ」とだけ言い、持っていたたこ焼きを口に放り込んだ。

「最近ずっと暑いよな。一昨日なんか猛暑だぜ?猛暑。その日に家のクーラーが壊れてさ〜、、、家が熱帯雨林になってる」

耳にタコが出来る程、何度も聞いた話をするレイ。

「うわ〜、、、聞くだけで暑い」

そして毎回、同じ返答を口にするんだ。

「先月も先々月も、その前の月も、、、否、もうずっと前から暑かった気がして、、、なぁ、夏ってこんなに暑かったか?」

「そ、、、れは、異常気象だから、、、」

「オレとしては、、、もう冬になってほしいんだけどな」

「、、、」

レイはスマホのホーム画面を少し見て言った。

「それに、、、昨日も八月二十日だった」

「、、、!!」

「なぁ、スズ。お前、何か隠してるだろ」

「!!」

図星をつかれて肩が少し跳ねる。

「、、、いかないで」聞こえるか聞こえないかの音量で言う。

「え?ごめん、聞こえなかった」申し訳そうに頭を掻く。

どうやら聞こえなかったみたい。

「逝かないで、、、!」

「は?誰がお前を残して死ねるかっての。まだ夏休みはあるんだ。映画館だって文化祭だって待ってる。それに、、、明日、好きな子に告白するんだよ!」

初めて聞いた話に少し驚く。

「レイ、、、好きな子いたんだ」

「ああ、そうだよ!悪いか!!」

「意外過ぎて、、、」

「え、酷くね?オレだって恋ぐらいするんじゃー!」

「うん、、、ごめん」

ヤケクソというように、叫ぶレイ。

「本当に、ごめん。、、、あの日『一緒に行こう』なんて言わなければ、花火大会になんて行かなければ、、、」

脳裏に映るのは火の手が迫る会場。

「私達は事故に遭わずに済んだのに、、、!!」


「!!」

見慣れない天井がある。近くにピッピッピッと規則正しい電子音を鳴らす機械がある。

此処は、、、何処?

目を覚ました私に気付いた看護師さんが「もう半年も眠っていたんですよ」と説明するが、遠すぎて理解出来ない。

否、理解はしていた。ただ、受け入れたくないだけ。

「レイは、、、?」

そう聞けば看護師さんが新聞を持ってきた。

二XXX年。八月二十一日。

花火大会の会場で大きな火災事故が起った。

火災に巻き込まれた高校生二人のうち、一人は死亡。もう一人は意識不明の重体という、悲しき事故になってしまった。

という記事を穴が空くほど文字目で追う。

その被害者は、レイと私だということはすぐに分かってしまった。


約一ヶ月のリハビリを終えると季節は、梅の花が咲く三月。三年生は卒業を迎える時期。

お線香に火を灯し、レイの冥福を祈る。

レイのお母さんは「息子が最後に書いたスズちゃんに向けた手紙」と言い、淡い桃色の封筒を持ってきた。

手紙にはただ、『ずっと前から好きだった』という文字。

懐かしい筆跡に思わず涙が零れ落ちる。

『明日、好きな子の告白するんだよ!』

あの最後の夏祭りで聞いた懐かしいレイの声が再生される。

「勿体ないよ、、、そんな言葉、、、」

ねぇ、レイ。

もしあの時、違う選択をしていたら、私達は恋人になれたのかな?

この想いに名前を付けることは、当分出来ないようだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢花火 相川美葉 @kitahina1208

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画