第8章:心の距離
文化祭が終わり、秋月高校の2年3組には日常の静けさが戻ってきていた。しかし、陽太と沙織の間には、これまでにない空気が漂っていた。
ある朝、教室に入ってきた陽太は、無意識に沙織の姿を探してしまう自分に気づいて慌てた。
「おはよう、陽太」
翔太が声をかけてきた。
「あ、ああ。おはよう」
「どうした? なんか落ち着かない感じだぞ」
「べ、別に……」
その時、沙織が教室に入ってきた。陽太と目が合い、二人とも慌てて視線をそらす。
「おはよう、沙織」
愛が声をかける。
「お、おはよう」
沙織も落ち着かない様子で答えた。
授業中、陽太は何度も沙織の方をチラチラと見てしまう。沙織も同じように、陽太の姿を目で追ってしまう。目が合うと、慌てて視線をそらす。その様子を見ていたクラスメイトたちは、くすくすと笑いをこらえていた。
放課後、陽太は生徒会の仕事に没頭していた。沙織は演劇部の新しい企画に熱中している。表面上は普段通りに振る舞っているが、互いの姿を目で追ってしまうのは避けられなかった。
ある日、陽太が廊下を歩いていると、沙織の声が聞こえてきた。
「大丈夫よ。ぼくと一緒に探してあげるから」
覗いてみると、沙織が小学生らしき男の子の手を引いて、優しく話しかけている姿が見えた。どうやら、学校で行われていたスタンプラリー企画で迷子になった子供を助けているようだった。
陽太は、その沙織の優しい笑顔に、思わず見とれてしまった。
「なんだよ、俺……」
心臓が高鳴るのを感じながら、陽太はその場を立ち去った。
一方、沙織も図書室で真剣に勉強する陽太の横顔を見て、ドキドキが止まらなくなることがあった。
「もう、どうしちゃったんだろ、私……」
そんな中、進路相談の時期が近づいてきた。ある日の昼休み、陽太と沙織は偶然、進路指導室の前で鉢合わせした。
「あ……」二人は同時に声を上げた。
「君は?」陽太が尋ねる。
「え、えっと……芸術大学を考えてて」
沙織が答える。
「佐藤君は?」
「俺は地元の国立かな」
その瞬間、二人は別々の道を歩む可能性に気づき、なんともいえない不安を感じた。
「そっか……頑張ってね」
沙織が小さな声で言った。
「ああ、君も」
陽太も少し寂しそうに答えた。
翌日、担任の山田先生から、文化祭の写真を整理する係を頼まれた二人。放課後、二人きりで作業をすることになった。
「あ、これ」
沙織が一枚の写真を手に取る。
そこには、舞台で演技する沙織と、客席で見入る陽太の姿が写っていた。
「楽しかったね、文化祭」沙織がつぶやく。
「ああ、最高の思い出だ」陽太も答える。
その瞬間、写真を持つ二人の指が触れ合った。電気が走ったような感覚に、二人は慌てて手を離す。
◆
週末、翔太と愛の誘いで、四人で遊園地に行くことになった。
「よーし、まずはジェットコースターだ!」翔太が叫ぶ。
しかし、沙織の顔が少し青ざめている。
「大丈夫か?」陽太が心配そうに尋ねる。
「う、うん。平気、平気」沙織は強がって答えるが、足がすくんでいる。
「無理するなよ。俺も苦手だから、一緒に待っててやるよ」
陽太の優しい言葉に、沙織はほっとした表情を浮かべた。
その後、おばけ屋敷に入ることになった四人。真っ暗な通路で、突然の仕掛けに沙織が悲鳴を上げる。
「きゃっ!」
思わず陽太の腕にしがみつく沙織。陽太は、沙織を守るように抱きしめた。
「大丈夫だ。俺がついてる」
沙織は、陽太の腕の中で安心感を覚えながらも、激しい動悸を感じていた。
ジェットコースターとおばけ屋敷を回った後、四人は遊園地の中心部に戻ってきた。陽太は沙織の様子を気遣いながら、優しく声をかけた。
「少し休憩する?」
「ううん、大丈夫。まだまだ遊べるわ」
沙織は元気に答えたが、その声には少し疲れが混じっていた。陽太はそれを見逃さなかった。
「じゃあ、次はもう少しゆっくりできるものにしようか」
陽太の提案に、沙織は嬉しそうに頷いた。
「あ、メリーゴーランドはどう?」
愛が指さす方向を見ると、きらびやかな回転木馬が見えた。
「いいね!」沙織の目が輝く。
四人はメリーゴーウンドに向かった。乗り込むとき、陽太は自然と沙織の隣の馬に座った。ゆったりとした音楽が流れ、馬がゆっくりと上下する。
「わぁ、綺麗……」沙織が呟く。
陽太は沙織の横顔を見つめ、思わずドキッとした。柔らかな光に照らされた彼女の表情が、いつもより愛らしく見えた。
メリーゴーランドを降りた後、翔太が大きな声を上げた。
「よし、次はバンジージャンプだ!」
「えっ!?」
沙織の顔が再び青ざめる。
陽太はすかさず提案した。
「俺たちは、ゴーカートでもやろうか」
「うん、それがいいわ」
沙織は安堵の表情を浮かべた。
翔太と愛がバンジージャンプに向かう中、陽太と沙織はゴーカート場へ。二人で競争することになり、意外と負けず嫌いな一面を見せる沙織に、陽太は新鮮な驚きを覚えた。
「負けないわよ!」沙織が叫ぶ。
「望むところだ!」陽太も負けじと応じる。
結果は僅差で陽太の勝利。
しかし、沙織の悔しがる顔を見て、陽太は思わず笑みがこぼれた。
「次は絶対に負けないんだから!」沙織が頬を膨らませる。
「ああ、いつでも受けて立つよ」陽太は優しく答えた。
その後、四人は再び合流し、大観覧車に向かった。夕暮れ時、空が燃えるような赤に染まる中、陽太と沙織は二人きりでゴンドラに乗り込んだ。徐々に高度を上げていく中、二人の間に微妙な空気が流れる。
しかし、美しい夕景色を前に、自然と会話が弾み始めた。遊園地での思い出を振り返りながら、二人は心地よい時間を過ごした。ゴンドラが頂点に達したとき、陽太と沙織の目が合う。夕日に照らされた二人の姿が、まるで絵のように美しかった。
この瞬間、二人の心の中で何かが確かに動き始めていた。
「ねえ、佐藤君」沙織が切り出す。
「なんだ?」
「私ね、遊園地、好きで結構行くんだけど、でも、今日みたいに楽しかったのは初めてかも……」
沙織の言葉に、陽太は思わず顔を赤らめた。
「そ、そうか。俺も、今日は楽しかったよ」
二人は照れくさそうに微笑み合う。その瞬間、夕日に照らされた二人の姿が、まるで絵のように美しく映っていた。
しかし、遊園地からの帰り道。
「今日、二人とももう彼氏彼女みたいだったね」と愛に言われ、陽太と沙織は慌てて否定してしまう。
「ち、違う! そんなんじゃ……」
「そ、そうよ。気のせいよ、愛」
その言葉に、互いに複雑な表情を浮かべる二人。
その夜、家に帰った陽太と沙織は、それぞれの部屋で遊園地での出来事を思い返していた。
陽太は窓から見える月を見上げながら、沙織の笑顔を思い出していた。おばけ屋敷で怖がる姿、観覧車での会話、すべてが鮮明に蘇ってくる。
「俺は、沙織のことが……」
一方、沙織も自分の部屋で同じように思い返していた。陽太の優しさ、頼もしい姿、そして温かい腕の中。すべてが胸に刻まれている。
「私、佐藤君のこと……」
二人とも、「やっぱり、好きなんだ」と、ようやく自分の気持ちを認めた。しかし、相手の気持ちが分からず、告白する勇気が出ない。
月明かりの中、二人は同じ星を見上げながら、明日の再会を心待ちにしていた。しかし、どう接すればいいのか、まだ分からないままだった。
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