第7章:感情の芽生え

 夏休みが終わり、2学期の始業式の朝。秋月高校の校門には、久しぶりに会う生徒たちの賑やかな声が響いていた。その中に、陽太と沙織の姿もあった。


 二人は少し離れた場所で、それぞれの友人たちと話をしていたが、時折互いの方をチラチラと見ては、すぐに視線をそらす。体育祭での出来事を経て、二人の関係は明らかに変化していた。


「おい、陽太。沙織のこと、気になってんだろ?」


 親友の翔太が、からかうように陽太の肩を叩く。


「え? い、いや、別に……」


 陽太は慌てて否定するが、顔が少し赤くなっているのを隠せない。


 一方、沙織も愛に同じようなことを言われていた。


「ねえ、沙織。佐藤君のこと、どう思ってるの?」


「え? あ、あの人のこと? べ、別に……」


 沙織も同じように顔を赤らめながら否定する。


 翔太と愛は二人とも同じことを思っていた。


((こいつらめんどくせえなあ……))


 だがそれは悪感情ではなく、二人を思いやる気持ちから出ているのだった。


 始業式が終わり、教室に戻った二人。席は隣同士だったが、どちらも気恥ずかしさからか、なかなか目を合わせようとしない。


 授業が始まり、国語の時間。先生が音読を指名する。


「では、次は佐藤君」


 陽太が立ち上がり、教科書を読み始める。その横顔を、沙織がそっと見つめる。今まで気づかなかった、陽太の真剣な表情に、沙織は胸がドキドキするのを感じた。


「はい、ありがとう。次は久遠さん」


 今度は沙織が立ち上がる。陽太は教科書に目を落としているふりをしながら、沙織の方をチラチラと見る。沙織の澄んだ声に、陽太は思わず聞き入ってしまう。


 昼休み、陽太は教室で弁当を広げていた。そこに沙織が近づいてくる。


「あの、佐藤君」


「な、なんだ?」


 陽太は少し驚いた様子で顔を上げる。


「ちょっと、文化祭の準備のことで相談があって……」


「ああ、そうか。どんなこと?」


 二人は文化祭の準備について話し始める。以前なら対立していたかもしれない意見も、今では互いの考えを尊重しながら、うまく調整できるようになっていた。


 話が終わり、沙織が席に戻ろうとしたとき、鉛筆を落としてしまう。


「あ」


 陽太と沙織が同時に拾おうとして、手が触れ合う。


「ご、ごめん!」

「い、いや、こちらこそ」


 二人は慌てて手を離し、顔を赤らめる。周りのクラスメイトたちは、そんな二人の様子を興味深そうに見ていた。


 放課後、図書室。陽太が生徒会の資料をまとめていると、沙織が入ってきた。


「あれ、佐藤君。こんな遅くまで残ってたの?」


「ああ、ちょっと調べものがあってね。久遠さんは?」


「私は演劇部の台本を探しに来たんだ」


 沙織は陽太の隣の席に座り、本を広げる。二人は無言で作業を続けるが、お互いの気配を強く意識していた。


 しばらくすると、沙織が小さなため息をつく。


「どうかしたのか?」陽太が尋ねる。


「ううん、ちょっと台詞が難しくて……」


「そうか。ああ、それなら……」


 陽太は自然と沙織の台本を覗き込み、アドバイスを始める。二人の顔が近づき、互いの息遣いを感じるほどの距離になる。


「こ、こんな感じかな」陽太が言う。


「う、うん。ありがとう」沙織も顔を赤らめながら答える。


 その瞬間、二人の目が合う。時間が止まったかのような感覚に陥る。しかし、すぐに我に返り、慌てて顔を離す。


「じゃ、じゃあ、がんばってね」陽太が言う。


「う、うん。ありがとう」沙織も答える。


 二人はそそくさと荷物をまとめ、図書室を後にした。


 翌日、文化祭の準備が本格的に始まった。陽太は実行委員として全体の指揮を執り、沙織は演劇部の出し物の準備に奔走する。


 ある日、陽太が演劇部の練習を見学に訪れた。


「失礼します」


 陽太が部室のドアを開けると、沙織が舞台の上で演技の練習をしているところだった。


「あ、佐藤君。どうしたの?」沙織が驚いた様子で尋ねる。


「いや、実行委員会から進捗確認に来たんだ」


 陽太はそう言いながらも、沙織の演技に目を奪われていた。沙織は舞台の上で生き生きとしており、陽太は今まで気づかなかった彼女の新たな一面を発見する。


 練習が終わり、沙織が陽太の元へやってくる。


「どうだった?」沙織が少し緊張した様子で尋ねる。


「ああ、すごかったよ。君の演技、本当に上手いんだな」


 陽太はぶっきらぼうに言ったが、その言葉に沙織は嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。でも、まだまだだよ」


「いや、本当にすごいと思う。俺には到底真似できない」


 陽太は照れくさそうに言いながら、立ち去ろうとする。


「あ、佐藤君」沙織が呼び止める。


「なんだ?」


「文化祭、楽しみだね」


「ああ、そうだな」


 二人は微笑み合い、何か言いたげな表情を浮かべるが、結局それ以上の言葉は交わさなかった。


 その夜、陽太は自室で文化祭の準備書類を確認していた。しかし、集中できない。沙織の演技する姿が、頭から離れないのだ。


「なんだよ、俺……」


 陽太は自分の気持ちに戸惑いを覚えていた。


 一方、沙織も自分の部屋で台本を読み返していたが、なかなか頭に入ってこない。陽太が練習を見に来てくれたことが、妙に気になって仕方がなかった。


「もう、どうしちゃったんだろ、私……」


 沙織も同じように、自分の気持ちに混乱していた。


 数日後、文化祭の準備が佳境に入った頃。陽太は体育館で大道具の設置を指揮していた。


「そこをもう少し右に……そう、そこでいいぞ」


 陽太の指示に従って、クラスメイトたちが大きな看板を運んでいる。その様子を、沙織が遠くから見ていた。


 几帳面に細部まで気を配る陽太の姿に、沙織は今までとは違った魅力を感じ始めていた。思わず、その場に近づいていく。


「手伝おうか?」


 沙織の声に、陽太は振り返る。


「あ、久遠さん。いや、大丈夫だ。俺たちでやるから」


 陽太はプライドの高さからか、素っ気なく断る。しかし、その表情には少し照れくささが混じっていた。


「そう? でも、みんな疲れてるみたいだけど……」


 沙織の言葉に、陽太は周りを見回す。確かに、クラスメイトたちは疲労の色が見えた。


「……そうだな。じゃあ、少し手伝ってもらおうか」


 陽太の言葉に、沙織は嬉しそうに頷いた。


 二人で協力して作業を進めていくうちに、自然と会話が弾んでいく。以前なら対立していたかもしれない意見も、今では互いの考えを尊重しながら、うまく調整できるようになっていた。


了解しました。では、このシーンを以下のように差別化して書き直してみます。


 放課後の生徒会室。陽太が書類を整理していると、沙織がそっと顔を覗かせた。


「佐藤君、まだ残ってたんだ」


「ああ、久遠さん。どうしたんだ?」


 沙織は少し躊躇しながら、部屋に入ってきた。


「あのね、ちょっと相談があって……」


「なんだ? 文化祭のことか?」


 沙織は首を横に振る。


「違うの。私のことなんだけど……」


 陽太は驚いて顔を上げた。沙織が自分のことで相談してくるのは初めてだった。


「最近ね、自分の行動をもっと見直さなきゃって思うんだ」


「どういうこと?」


「こう、計画性とか、規律とか……佐藤君みたいに」


 陽太は思わず笑みがこぼれた。


「へえ、俺のどこがそんなに参考になるんだ?」


「だって、いつも周りのことをよく考えてるし、責任感も強いじゃない」


 陽太は少し照れくさそうに頭をかく。


「そうかな。でも、久遠さんにだって良いところはたくさんあるぞ」


「え? 私に?」


「ああ。例えば、みんなを明るくする力とか、困ってる人を察する優しさとか」


 沙織は陽太の言葉に、思わず顔を赤らめる。


「そ、そんなことないよ……」


「いや、本当だよ。俺なんか、まだまだ君に及ばない」


 二人は互いの目を見つめ、微笑み合う。そして、ほんの少し、心の距離が縮まったような気がした。


 その瞬間、廊下から声が聞こえてきた。


「佐藤ー、まだいるかー?」


 二人は慌てて視線を外す。しかし、胸の高鳴りは簡単には収まらなかった。


「あ、ああ。次は……」


 陽太は慌てて指示を出し始める。沙織も自分の持ち場に戻っていった。


 しかし、二人の胸の中には、言葉にできない何かが芽生え始めていた。


 文化祭まであと1週間となったある日、陽太は生徒会室で最後の確認作業をしていた。そこに、沙織が駆け込んでくる。


「佐藤君! 大変なの!」


「どうした?」


「演劇部の主役が、コロナで入院することになっちゃって……」


 沙織の言葉に、陽太は驚いて立ち上がる。


「えっ、それじゃあ公演は……」

「うん、どうしようか迷ってて……」


 沙織の表情には、不安と焦りが浮かんでいた。陽太は少し考え込んだ後、意を決したように言った。


「……俺がやろう」

「え?」

「代役。俺がやるよ」


 沙織は驚いて目を丸くしたが、すぐに申し訳なさそうな表情に変わった。


「ダメよ、佐藤君。前回の文化祭でも代役をやってもらったのに、またなんて……」

「でも、他に方法があるのか?」


 陽太が少し強い口調で言う。


「それは……でも……」


 沙織が躊躇する。


「時間がないんだろう? 誰か他の人を探して、今から台詞を覚えさせる余裕はあるのか?」


 沙織は黙ってうつむく。陽太の言うとおりだった。


「でも、佐藤君。生徒会の仕事もあるのに、そんな無理させられない」


「無理なんかじゃない。俺にできることをするだけだ」


 陽太の真剣な眼差しに、沙織は言葉を失う。


「それに」陽太が続ける。「前回の経験があるから、今回はもっとうまくやれると思う」


 沙織はしばらく考え込んでいたが、やがて小さくため息をついた。


「分かったわ。でも、本当に大丈夫?」

「ああ、任せてくれ」


 陽太が自信ありげに答える。


「じゃあ……お願い」


 沙織が深々と頭を下げる。


「よし、さっそく台本を見せてくれ」


 陽太の決意に、沙織は感動と申し訳なさが入り混じった複雑な表情を浮かべながら頷いた。


「ありがとう。本当に、ありがとう。でも、無理だけはしないでね」

「分かってる。さあ、練習を始めよう」


 その日から、陽太は演劇の練習に励むことになった。生徒会の仕事と掛け持ちで、かなりハードなスケジュールだったが、陽太は文句一つ言わずに頑張った。


 そんな陽太の姿を見て、沙織はますます心を動かされていく。台詞を教える時、演技の指導をする時、二人の距離は自然と縮まっていった。


 文化祭前日の夜。最後の通し稽古が終わり、部室に残った二人。


「佐藤君、本当にありがとう。こんなに頑張ってくれて……」


 沙織の言葉に、陽太は少し照れくさそうに答える。


「いや、俺こそ。貴重な経験をさせてもらって感謝してる」


 二人は互いを見つめ合う。そこには、感謝と信頼、そしてまだ言葉にできない感情が込められていた。


 しかし、その時、


「おーい、まだ残ってたの?」


 部室のドアが開き、他の部員たちが入ってきた。二人は慌てて視線をそらす。


「じゃ、じゃあ、明日頑張ろうな」陽太が言う。


「う、うん。よろしくね」沙織も答える。


 二人は別々に帰路につくが、心の中では互いのことで頭がいっぱいだった。


 文化祭当日。演劇部の公演は大盛況だった。陽太のぎこちない演技も、観客には初々しさが逆に魅力的に映ったようだ。


 公演が終わり、舞台袖で喜び合う部員たち。その中で、陽太と沙織は互いの目を見つめ合っていた。


「すごかったぞ」陽太が沙織に言う。


「こちらこそ、素晴らしい演技だったよ」沙織も返す。


 二人は思わず手を取り合いそうになるが、周囲の視線に気づいて慌てて離れる。


 その夜、打ち上げパーティーが開かれた。クラスメイトたちは陽に陽太と沙織をからかい始める。


「おい、お前ら付き合っちゃえよ!」

「そうだよ、お似合いだって!」


 二人は慌てて否定するが、顔は真っ赤になっていた。


「ち、違うよ! 僕たちはただの……」

「そ、そうよ。私たち、ただの友達だから」


 しかし、否定すればするほど、周りの反応は盛り上がるばかり。二人は互いに目を合わせることもできず、パーティーの間中、気まずい雰囲気が続いた。


 パーティーが終わり、家路につく二人。並んで歩きながら、互いに何か言いたげな表情を浮かべている。


「あの、佐藤君」沙織が切り出す。

「な、なんだ?」陽太も少し緊張した様子で答える。


「今日は本当にありがとう。あなたのおかげで、素晴らしい公演になったわ」

「いや、僕こそ。君たちのおかげで、貴重な経験ができた」


 二人は互いに微笑み合う。そして、ほんの少し、歩調が合わさる。


 家に着く直前、「あのさ……」と同時に声をかけ、慌てて「なんでもない」と言い合う2人。別れ際、ほんの少し手が触れ合い、電気が走ったかのようなドキドキを感じるのだった。


 その夜、陽太と沙織はそれぞれの部屋で文化祭の思い出を振り返っていた。


 陽太は窓から見える月を見上げながら、沙織の笑顔を思い出していた。彼女の演技する姿、励ましの言葉、そして優しさ。すべてが鮮明に蘇ってくる。


「俺は、沙織のことが……」


 一方、沙織も自分の部屋で同じように思い返していた。陽太の真剣な表情、頑張る姿、そして優しさ。すべてが胸に刻まれている。


「私、佐藤君のこと……」


 二人とも、「好きなんだ」という言葉を心の中でつぶやく。しかし、それはまだ伝えられない想いであったのだ。



 翌日、学校で再会した二人。互いの顔を見た瞬間、昨夜のことを思い出し、顔を赤らめる。


「お、おはよう」陽太が言う。

「お、おはよう」沙織も答える。


 周りのクラスメイトたちは、そんな二人の様子を見て、にやにやしている。


 授業中、二人は互いの姿を何度も目で追ってしまう。しかし、目が合うと慌てて視線をそらす。


 昼休み、陽太が教室で弁当を広げていると、沙織が近づいてきた。


「あの、佐藤君」

「な、なんだ?」


「ちょっと、相談があって……」


 沙織は文化祭の後片付けについて、陽太に意見を求める。二人は自然と会話を始めるが、時折目が合うと、互いに照れくさそうに目をそらす。


 放課後、図書室で偶然出会った二人。隣同士で勉強することになるが、お互いの気配を意識して集中できない。


 沙織が鉛筆を落とした時、2人で同時に拾おうとして手が触れ合う。


「ご、ごめん!」

「い、いや、こちらこそ」


 慌てて手を離す二人。顔を真っ赤にしながら、それぞれの作業に戻る。


 しかし、心の中では互いのことで頭がいっぱいだった。


「もしかして、これって……」


 二人は初めて、自分の気持ちが恋かもしれないと気づき始めていた。翔太と愛が見たら「「今頃かよ!」」と同時に突っ込まれそうだが、これが二人の恋のペースなのだった。

 いまだに素直になれない二人。

 これからの学校生活で、彼らの関係はどのように発展していくのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る