第2話 『動物の謝肉祭』、動物たちのカーニバル

 さて、この「オルガン付き交響曲」を作曲していた年(一八八六年)の三月、謝肉祭(カーニバル)期間の最終日に、サン‐サーンスは音楽仲間の開いたあるホームパーティーに参加した。

 このとき、パーティーの参加者で合奏して楽しむためにサン‐サーンスが書いて行った曲が『動物の謝肉祭』だ。

 楽器編成などもその日の参加者に合わせて決まっているのだろう。室内楽としては大きいけれど、オーケストラの管弦楽曲としては小さすぎる編成だ。小編成なのにピアノが二台必要ということになっているのも、参加者に合わせたからだろう。

 「グラスハーモニカ」という特殊な楽器が使われているのも、そのバーティー会場にその楽器があったからだろうと思う。

 グラスハーモニカというのは、水に半分浸したガラスの円盤を回転させて、その縁をこすることで音を出す音楽機械だ。「ハーモニカ」という名まえだけれど、吹くハーモニカとはまったく違う。

 ワイングラスの縁を濡れた指でこすったら透明な音色の音が響く。グラスハーモニカでは、ガラス円盤を機械仕掛けで動かすことでその音を再現する。

 それとも、もしかして、そのパーティー会場ではほんとうにワイングラスに水を入れて縁を撫でて音を出したのだろうか? ヨーロッパのパーティー会場ならワイングラスは必ずあるだろうから。

 グラスハーモニカを使う曲はモーツァルトも作曲しているけれど、あまり一般的な楽器にはならなかったようで、早い時期に廃れた。現在ではグラスハーモニカのパートはチェレスタ(繊細な音が出せる鍵盤つき鉄琴)などで演奏されている。

 曲も、たぶん、練達した音楽家ならば初見で弾けるような曲として書かれている。

 ところで、謝肉祭、つまりカーニバルというと、羽目を外して大騒ぎする大規模なお祭というイメージがある。それはまちがいではないのだが、本来のカーニバルはキリスト教の宗教行事で、このカーニバルのあとに、「四旬節」といって、超禁欲しなければいけない日々が四十日も続く。むしろその超禁欲の日々への「打ち入り」行事がカーニバルなのだ。

 「リオのカーニバル」のイメージが強いのと、たぶんそれが日本の夏祭りのイメージにかぶったりすることもあって、カーニバルというのは夏祭りのイメージが強いけれど、北半球のヨーロッパでは、春先、しかもまだかなり寒い時期のお祭りだ。

 カーニバルが終わり、その超禁欲期間の四旬節が終わると、復活祭が来て、春が来るのが遅いヨーロッパにも春が訪れる。

 そのカーニバル最終日に音楽家たちがホームパーティーを開く。

 そのパーティーのために作曲されたのが「動物たちのカーニバル」、つまり『動物の謝肉祭』だった。

 全十四曲の「組曲」で、登場する動物は、王者ライオン(第一曲)、雄鶏と雌鶏(第二曲)、ろば(第三曲。「騾馬らば」とされることもある)、亀(第四曲)、象(第五曲)、カンガルー(第六曲)、水族館(アクアリウム、第七曲)、耳の長い動物(第八曲、ムダにうるさいろば。ろばだが、第三曲とは別動物らしい)、カッコウ(第九曲)、鳥舎(動物園にある巨大な鳥のおりのようなもの。「大きな鳥かご」と訳される。第一〇曲)、ピアニスト(複数。第一一曲。それって動物か?)、化石(これも複数。第一二曲。化石も動物か?)、白鳥(第一三曲)で、第一四曲がグランドフィナーレとなっている。

 カーニバルで、動物たちがパフォーマンスしながらパレードしていく、というイメージでとらえればいいだろう。基本的に冗談音楽である。

 カーニバルというのは、気取って言えば「謝肉祭」だけど、気取らず言えば「肉祭り」だ。この「動物たちの肉祭り」というタイトルに、本来は肉になって食われるはずの動物が肉祭りをやっている、という皮肉がこめられているのかどうかは、私には判断がつかない。

 ただ、出て来る動物のなかで、普通に食べられる動物は鶏ぐらいで、ほかはあんまり「食材として食べる動物」ではない。

 「水族館(アクアリウム)」という曲もあるが、水族館の魚を食べる、ということではないだろう。たしかに、福島県の小名おなはまにある水族館アクアマリンふくしまでは、小名浜沖の海を再現した水槽の魚を寿司にして食べさせてくれるけれど(私が行ったときは店が閉まっていたので体験はしていない)、サン‐サーンスにそういう発想があったかというと、そんなことはないと思う。

 だから、食肉になるはずの動物の肉祭り、という皮肉はないと考えていいのかも知れない。

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